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ウィスキーの分厚い瓶は甲高い音を響かせて砕け散り、その破片がお互いの額を割る。
「ぐああぁぁぁぁぁぁっ、ぁぁあああぁぁぁーーっ!!」
続いて響いたのは、松本の野太い悲鳴。
そう、上から額を打ち付けたオレと違い、下から上を見上げていた松本はその傷口や目、鼻、そして口にウィスキーの原液をモロに浴びてしまったのだ。
アルコール度数40%を超える褐色の液体は、たやすく松本の呼吸と視野を奪う。
腰を締め付ける太い腕から開放されたオレは、着地と同時に松本の股間へ膝をメリ込ませた。
「うぐっ!? ぐおぉぉぉ……」
目を、そして股間を押さえて前屈みになる松本。
オレはすかさず後ろに回り込み、松本のぶっとい首に右腕を巻き付けた。
「ス、スリーパー……いや、チョークスリーパーか?」
グラサン野郎から漏れる掠れた声。
その違いが分かるとか、コイツもプロレス好きか?
口角を上げて笑みを浮かべながら、オレは巻き付けた腕で気管を圧し潰す様に引き上げ、松本の首を思い切り絞め上げる。
そう、プロレスのスリーパーとは首に腕を巻きつけ、頸動脈を締め上げる技である。しかし、チョークスリーパーは頸動脈と喉の気管を一緒に締め上げるという技……
「がっ……あぁ……か……」
頸動脈を絞められ血が止まり、気管を圧迫されて、まともに息を吸う事も出来ず苦し気な声を漏らす松本。
当然だ。凶器攻撃、目潰し、金的、そして|首絞め《チョーク》――もしプロレスの試合なら、全てが反則攻撃なのだから。
「うぉりゃぁぁぁぁーーっ!!」
オレは渾身の力を込めて、更に松本の首を絞め上げる。
「あ……あぁ……」
抱えていた身体から力が抜け、松本はガックリと膝を着いた。そして、周囲に立ち籠める、鼻を突くアンモニア臭……
オレが一つ息を吐いてから手を放すと、松本は己の失禁の海へ頭から崩れ落ちた。
うわぁ……えんがちょ……
オレは顔を顰めながら、鼻ピアス達の方へと顔を向けた。
放心したように、倒れる松本を見つめる三人。オレは不敵に笑いながら、男達へ手招きをした。
「さあ、次は誰だ……死にてぇヤツから掛かって来いや」
「テ、テメェッ! キタねぇぞっ、コラッ!」
「ああ? ケンカにキタねぇもクソもあるか、バカ」
「ぐっ……」
顔を顰め、怯えるように立ち竦むヘタレ共。
オレが額から流れる血を袖で拭いながら、一歩踏み出すと――
「お、覚えてろよっ!!」
と、捨てゼリフを残し、ダッシュで逃げ出していく。
だからオマエら……ホントに、そんなにブザマでヘタレた姿を覚えておいて欲しいのか?
オレは肩を竦めてから、蹲る千歳の元まで歩み寄る。
「お、遅いわよ、バカ……」
右手を押さえ、苦痛の表情を浮かべながら、それでも悪態を吐く千歳。
額から流れる汗と口角に滲む血。そしてワンピースから伸びる手足には、いくつものアザが浮かんでいる。
ったく……あのバカ共。なにも、ここまでする事ねぇだろ……
その痛々しい姿に眉を顰め、千歳の傍らに膝を着いた。
「オマエこそ……ネームほっぽり出して、ドコほっつき歩いてんだよ?」
「う、うるさい……男のアンタには頼めない買い物だってあるのよ」
男のオレにナプキン買わせようとしといて、何を言ってんだ、コイツは?
「立てるか?」
「くっ……ちょっと、ムリかも……」
苦しそうな表情で上体を起こそうとするが、上手く身体が動かないようだ。
しゃーない……
「えっ? ちょっ!? ええぇぇぇぇーーーーっ!?」
素っ頓狂な声を上げる千歳をスルーして、両手で抱え上げるオレ。
「うるせーよ、オレだって体中痛ぇんだ。あんま騒ぐと捨ててくぞ」
「えっ? いえ、だって……こ、これってお姫様だっこ……」
ん? ああ、確かにお姫様だっこだな。てゆうか、言われるまで気付かんかった。
てゆうか……
「いい年こいて、お姫様だっこって……なに言ってんだか?」
「いい年とか、ゆーなっ!」
喚く千歳を抱えながら、出口へと歩き始める。
救急車を呼ぼうかとも思ったけど、待ってる時間がおしい。なにより、バイクなら五分と掛からない所に大きな病院があるし、あそこなら確か夜間救急外来があったはずだ。
「千歳、中央病院でいいか?」
「う、うん……あそこなら診察券持ってる……」
「てか、ナニ顔赤くしてんの?」
「なっ、なななな、ナニ言ってんのよっ! 赤くなんて、なってないわよっ!」
「って! 暴れんなっ、バカッ!」
腕の中で暴れる千歳を落とさないようにバランスを取りながら外へと出ると、小降りだった雨はすっかりあがっていた。
目の前を走る、交通量の多い国道。雨上がりでまだ濡れているアスファルトが、ヘッドライトの光を反射させている。
「ちょっと、ここで待ってろ」
「う、うん……」
なにらや不貞腐れているんだかニヤけているんだか、よく分からん表情の千歳を壁に寄り掛からせる様に降ろし、オレは小走りでバイクを取りに向かった。
予備のヘルメットは無いけど緊急事態だ、仕方ない。
オレは恵太に借りたバイクに跨って千歳の前へと移動させると、半キャップのメルメットを差し出した。
「乗れそうか?」
「う、うん……大丈夫だと思う」
受け取ったメットを被った千歳は、フラつきながら|後部シート《タンデム》へ横座りで座り、左腕をオレの腰に回す。
「お、おい……そんな力いっぱい、しがみつかんでも大丈夫だろ?」
「う、うう、うるさいっ! コッチは右手が使えないんだから、しょーがないでしょっ!!」
なんか、さっきから情緒不安定だな。ケガの影響ってワケでもねぇみてぇだけど…………ああぁ、そっか。
「千歳、もしかしてオマエ――」
「な、なによ……」
肩越しに背中にしがみつく千歳へと目を向ける。頬を赤らめ、上目遣いに睨む様な目を見せる千歳。
オレは一拍置いてから、慎重に言葉を選んで――
「もしかして……羽根付き夜用って、すぐに必要だった――」
「死ねっ!」
「ぐおっ!?」
腰を浮かし、跳ねるようにしてオレの側頭部へ、ヘルメットヘッドバットをかます千歳。
「テ、テメェッ! いきなり何しやがるっ!?」
「うるさい、うるさいっ! とっとと走らせろっ、バカッ! 変態っ!!」
ぐぬぬ……
人が心配してやってるのに、付け上がりやがって!
オレはやり場のない怒りをぶつける様にアクセルを大きく|空吹《からぶ》かしをすると、ギアをローへ叩き込んだ。
「飛ばすからなっ! 振り落とされんなよっ!」
「いいから早く行け、変態っ!」
「変態ゆーなっ!!」
タイヤを鳴らしてバイクを急発進させるオレ。
ったく……連載が終わったらマジでシメてやるからなっ! 覚えてやがれっ!