市参議会側の主張をまとめるなら。
税は下げてほしいが、攻め込まれても対抗できる程度の兵は維持して欲しい。
兵は維持したいが、ランバルドに睨まれたくない。
統治側は。
税は下げたくない、兵力はこのまま維持もしくは増強したいし、ランバルドに睨まれたくない。そして、民に脱税されたくない。だ。
一見、水と油のような主張だけど。二つの物語は本質的に同じ方向を向いている。両方解決する方法はあるのだ。
令嬢が口を開く。
「まず、トロン内の税をなくします」
いや、だからそれでは兵を維持するどころかこの議事堂の管理すら。
「あくまでなくすのはトロン内の税だけです。トロンの外から当然とります。これまで以上に」
心当たりのある商会長が「関税か」と呟いた。
辺境城塞都市トロンは各地からあらゆる商品が流入してくる交易の都市。トロンに入るなら必ず関所を通り、関税を納めなければならない。
関税が高くなればトロンに流入する行商人は減りそうなものだが、遙々遠方からやってきた行商人がこれまでの旅費を無駄にしてまで交易都市を避けるとは考えにくい。
関税の増加は噂になってすぐに広まるだろうが。
「トロン内での取引に税がかからないなら、負担はある程度相殺される、か」
しかし、それだけではまだ足りない。
商人の足が遠のけば、関税は減り。トロン内での商売も減る。そう目論み通りにいくだろうか。
「税が何に使われているのかというのは大事なことです。でないと支払う側も納得できません」
「だから、商人たちにこう触れ回るのです。この税はあなたたちの道中を守る為に使われると」
ここまでくると、参議会の面々にも理解が及んでくる。
まず、関所を増やし、関所の間隔を狭くする。そして戦線から下げた兵を配置、巡回させ、関税を取るわけだ。
兵の動員にランバルドが文句を言ってきたらこう言い返せばいい。
『この兵は商人たちを野盗から守る為の兵ですよ。我々がランバルドを疑うわけないじゃないですか』
よりランバルド近くに関所を設置することも可能になる。本来そこまで深い地点に兵を置けば何を言われるかわからないが、ランバルドの商人を守る為だ。文句を言われる筋合いはない。
トロンに流入する行商人にとって無視できなかったのは、商品が売れないことではなく、旅の途中で野盗に襲われたり、戦争に巻き込まれたりして荷物が略奪され、自分自身が殺される危険があることだった。
命の危険があるにも関わらず、商人たちが交易をやめなかったのはリスクに見合うだけの利益がそこにあったから。
そのリスクが軽減されるのなら、相応の対価を支払うことにも納得するだろう。
さらに、トロンの中で生きる人々は何もしなくても減税の利を受けられる。
「なるほど、確かにこれなら……」
市参議会の面々が頷きあう。
令嬢の笑みを見て、司教が穏やかに目を伏せた。
教会もまた市民から税をとっている。だからこそ、令嬢がしようとしていることの意味がよくわかった。
行商人たちがトロンに入るために高い関税を支払ったら、元をとるためにトロンで売る商品を値上げするに決まっている。金とは一箇所から発生するのではなく、流れるもの。トロンの住民は結局、金を支払うことになるのだ。
大きな違いはいくつかあるが、民にとって致命的なのは「税の徴収をしぶれなくなること」だ。税をとっていないのだから、税の支払いをしぶるすべなどない。
税はとっくの昔に行商人たちがトロンの外で支払っている。そのツケを物価の上昇という形で支払うことになっても、多くの民はそのカラクリに気づけないだろう。
商会長は気づいているだろうが、この流れは止められない。なぜなら、減税はこちらが求めたことだし、行商人たちの安全を守る施策に商会が反対するわけにはいかないからだ。
それならわかりきっている物価の上昇を利用して、金儲けをしたほうが身入りになると判断しているのかもしれない。
これで徴収は確実となり、安全に兵を維持できる。
少女のなりをしているが間違いなく、あの女は切れ者だ。
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