テラーノベル
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唾液が絡み合う音が、無音の箱の中に生々しく響く。彼女の吐息は甘く、僕の意識は急速に混濁していく。
(やばい、下半身の血流が完全に制御不能だ。いや、ダメだ! ここは会社だぞ!?)
パニックに陥った僕の脳内に、職業病のように知識がよぎった。
(落ち着け。これは『プロピンクイティ(近接性)の効果』だ。
物理的距離が縮まれば親密度も強制的に上がる。さらに『吊り橋効果』!
閉じ込められた不安による心拍上昇を、脳が恋のときめきと誤認しているだけだ。これはバグだ。脳の演算エラーなんだ……!)
「し、白石さん、一回ストップ!」
「……え?」
「これは本心じゃない。吊り橋効果とアルコールの相乗効果で、今、二人の脳がバグってるだけなんだ。だから、一度冷静に……」
その時だった。
『……停電が解消されました』
機械的な声と共に、暴力的なまでの白いLED光が頭上から降り注いだ。
同時に、エレベーターが滑らかに動き出す。
明るくなった視界。そこに現れたのは、第二ボタンまで外された僕のシャツと、口紅が滲み、これ以上ないほど艶っぽく乱れた白石さんの姿だった。
「あ……」
白石さんが小さく吐息をもらす。
清楚な彼女に相応しかったはずの淡いピンクの口紅は、激しい接触によって輪郭を失い、口の端で滲んでいる。
そして、蒸し暑い密室が生んだ汗。水色の薄いブラウスが、無残なほどしっとりと肌に貼り付いていた。
浮かび上がる黒いレースのブラジャーの紋様が、彼女の胸のラインを露骨に強調している。激しい動きを物語るように、首から下げていた社員証は、いつの間にか背中側へと移動していた。
鎖骨から胸元にかけて、汗で光る白い肌。熱に浮かされた瞳。首筋に張り付いた髪。
(……まずい。これを見て「何ごともありませんでした」なんて、誰が信じるんだ?)
そんな僕の狼狽などどこ吹く風で、白石さんは滲んだ唇を舌先でゆっくりとなぞり、挑発するように微笑んだ。
「……続きは、また今度。ですね? 陽一さん♡」
エレベーターが一階に着こうとしたその時、僕は天井の隅の防犯カメラの黒いレンズと目が合った。
(……撮られてた? 今の、全部? 停電中だったから大丈夫だと思いたいけど、まさか、な……)
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芙月みひろ
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