《世界各地・ニュース速報》
その日は、いつもより早く“特別番組”が始まった。
『今夜、アメリカ大統領が“オメガ対策”について世界向け声明』
『史上初の“地球防衛ミッション”発表か——各国で期待と不安』
東京のリビングでも、
ベルリンのホテルロビーでも、
ブラジルのバーでも、
人々は同じ画面を見つめていた。
画面の端には、点滅するテロップ。
『LIVE:ホワイトハウス』
《アメリカ・ホワイトハウス/大統領執務室・直前》
ジョナサン・ルースは、
ネクタイを軽く整え、 原稿の最後のページに目を通した。
「……これが、最新版だな。」
PDCO担当官がうなずく。
「はい。“核オプション”の部分は削除。
“非核の軌道偏向ミッションを第一選択とする”
というSMPAG勧告に合わせました。」
別の補佐官が口を挟む。
「大統領。
“成功を保証するものではない”という文言は、
やや弱腰に聞こえるかもしれません。」
ルースは、静かに彼を見た。
「成功を保証できる人間がいたら連れて来い。
その人間に、この席を譲る。」
一瞬、空気が止まり、
すぐに小さな笑いが起きる。
ルースは続けた。
「いいか。
これは、“勝利宣言”でも“敗北宣言”でもない。
“何もしない”という選択肢を捨てる宣言だ。」
PDCO担当官が、そっと一枚の紙を示す。
「アンナ・ロウエル博士からの簡単なメモです。
“科学的事実から外れない範囲で、
“希望を話してください”と。」
ルースは口元だけで笑った。
「科学者に“希望を任された”軍人上がりの大統領、か。
悪くない役だ。」
ノックの音。
スタッフが顔を出す。
「ミスター・プレジデント。
本番まで、あと二分です。」
ルースは立ち上がった。
(ここから先は、歴史書のページだ。
それをどう書かれるかは、もう運命任せだとしても——
筆を取るのは、俺だ。)
《世界同時中継/ホワイトハウス・プレスルーム》
各国語の同時通訳が走る。
世界中のテレビ画面に、ルースの姿が映る。
ルース
「世界中の皆さん。
私は合衆国大統領、ジョナサン・ルースです。」
硬い沈黙。
息を呑む音が、画面の向こうでいくつも重なる。
「私たちは今、
“オメガ”と名付けられた小惑星と向き合っています。
この小惑星は、
およそ直径220メートル、
核兵器をはるかに上回るエネルギーを持って、
地球に接近しています。」
翻訳テロップが走る。
「直径約220m/核兵器を超えるエネルギー」
「国連の枠組み——IAWNとSMPAG、
そしてNASA/PDCO、JAXA、ESAをはじめとする各国の宇宙機関は、
この数十日間、
オメガの軌道を解析し続けてきました。」
「その結果、
“何もしなければ地球に衝突する可能性が高い”
という結論に近づいています。」
日本のスタジオで、アナウンサーが小さく息を飲む。
ルース
「私たちは、三つの道を前にして議論しました。」
「一つ。
観測と避難だけにとどめる道。
しかしそれは——
“空から何が来るのか分かっていながら、
手を伸ばさない”ことを意味します。」
「二つ目。
核兵器を宇宙で使用し、
オメガを破壊、あるいは進路変更する道。
これは、技術的にも、政治的にも、倫理的にも、
極めて重い選択です。」
「そして三つ目。
“キネティックインパクター”と呼ばれる宇宙船を、
オメガに直接衝突させて
わずかな速度の変化——Δvを与え、
軌道を“少しだけ”ずらすという道です。」
各国の字幕に
「Δv(速度変化)」の注釈が表示される。
ルース
「国連SMPAGの勧告、
NASA/PDCOとJPL・CNEOS、
JAXA/ISAS、ESA、そして多くの科学者の判断をふまえ、
私は今日、
アメリカ合衆国としての決断をお伝えします。」
一瞬、間があく。
その沈黙に、 世界中の鼓動が引き寄せられる。
「我々は——
キネティックインパクター・ミッション“アストレアA”を実行に移します。」
画面下に、緊急字幕。
『速報:米大統領、“アストレアA”計画を正式発表』
『人類初の本格的プラネタリーディフェンス・ミッション』
ルース
「“アストレア”は、ギリシャ神話の正義の女神の名です。
このミッションは、“報復”でも“復讐”でもありません。
私たちの子どもたちの未来を守るための、
静かな一撃です。」
「このミッションは、アメリカだけのものではありません。
日本のJAXA、欧州のESA、
IAWNとSMPAGのもとに結集した世界中の観測網と計算チームが、
この一撃を“可能な限り正確なもの”にするために協力します。」
「成功は保証されません。
しかし、
“何もしないまま終わる”ことだけは、
私たちは選ばない。」
「我々は、
オメガとの戦いを“人類全体のチャレンジ”として引き受けます。
どうか各国の皆さん、
そして世界中の市民の皆さん、
科学者と技術者たちの努力を信じてください。」
最後に、
ルースは少しだけ声を柔らかくした。
「私は軍人として、
“無謀な戦い”と“必要な戦い”を何度も見てきました。
オメガとの戦いは、
後者だと信じています。」
「どうか——
我々が“宇宙に向けて振り上げる拳”が、
未来への扉を開くことを、
一緒に願ってください。」
演説は終わった。
世界はまだ、声を出せずにいた。
《NASA/PDCOオフィス》
ルースの演説が終わると同時に、
会議室のモニターが静かな暗転から、再び軌道図へと切り替わる。
誰かが、ぽつりと言った。
「……後戻りは、なくなりましたね。」
アンナ・ロウエルは、モニターを見つめたまま小さく頷く。
「もともと、後戻りするつもりなんてなかったわ。」
壁のホワイトボードには、
“ASTRAEA-A”の文字と、
launch window:Day70~Day63 の文字。
アンナ
「観測チームに伝えて。
“これからが本番”だって。
bプレーン上の誤差を、
ミッション設計に“安全に取り込める”レベルまで、
少しでも縮める。」
若いスタッフが息を呑む。
「本当に……人類が“宇宙の岩に殴りかかる”んですね。」
アンナは、
その表現の幼さに、少しだけ笑った。
「殴りかかるんじゃない。
“肩をちょっと押す”だけよ。
それで地球を外れてくれればいい。」
(それでも、その一押しが失敗すれば——
歴史は“最初に失敗したミッション”として書くだろうけど。)
その不安を、
彼女は胸の中にしまい込んだ。
《JAXA/ISAS 相模原キャンパス》
会議室のテレビで、
ルースの演説の日本語同時通訳が終わる。
研究者たちの間に、 小さなざわめきが起きた。
「本当にやるんだな……。」
「アストレアAって、ついに表に出たか。」
白鳥レイナは、
両手をパン、と一度叩いた。
「——はい。
“人類の拳”が上がりました。
ここから、私たちの仕事も一段上がります。」
若手職員
「日本としては、具体的には?」
白鳥
「観測と軌道計算の責任が、
“世界の前で”明確にされたってことよ。
美星スペースガードセンターを含めた国内観測網と、
CNEOSの解析と矛盾しない値を出し続ける。
それが、JAXA/ISASの役割。」
「それから——」と、白鳥はモニターを指さした。
「テレビでは“希望のミッション”として語られるでしょう。
でも私たちは、
“失敗したときのシナリオ”からも目を逸らさないこと。
それが、科学者のプラネタリーディフェンス。」
若手職員は、
ごくりと唾を飲み込んだ。
(世界が期待する“ヒーロー”と、
現場が抱える“現実のリスク”。
その溝を、どう埋めればいいんだろう。)
《総理官邸・記者会見室・控室》
日本のテレビ局は、
ルース演説の同時通訳を終えると、 すぐにスタジオへ切り替えた。
『速報:アストレアA計画——日本も協力へ?』
『“地球防衛ミッション”に世界が沸く一方、懸念の声も』
その映像を、
サクラは控室のモニターで見ていた。
中園広報官
「……想像以上に、“ヒーロー物語”として受け取られていますね。」
藤原危機管理監
「当然でしょう。“人類初の反撃”ですから。
ただ、“撃って終わり”のゲームじゃないことも、
どこかで伝えなければ。」
サクラは、書類を一枚めくった。
「このあと、日本としてのコメントを出す。
“キネティックインパクター計画への支持”と、
“被害を最小にするための国内準備を加速する”こと。
それから——」
天野秘書官補がメモを取りながら顔を上げる。
「それから?」
「“これは希望のニュースであり、
同時に“覚悟”のニュースでもある”って、
はっきり言う。」
中園が、うなずく。
「“宇宙に拳を振り上げた”ことを
お祭り騒ぎにだけはしたくない、ということですね。」
サクラは、小さく笑った。
「お祭りの花火じゃないもの。
——“もし失敗したら”のとき、
国民の怒りと悲しみの矛先が、
全部科学者と現場に行くような未来だけは、
どうにかして防ぎたい。」
(だから私は、“やるべきだ”と言いながら、
その裏側で“守るべき人たち”を数えている。)
控室のドアがノックされる。
「総理、準備が整いました。」
サクラは立ち上がり、
一度だけ深呼吸をした。
《黎明教団・配信スタジオ》
ルース演説のクリップが流れ終わり、
画面が天城セラの顔に切り替わる。
セラ
「……皆さん。
今、ご覧になりましたね。」
コメント欄が一気に流れる。
「怖い》
「すごい》
「人類の反撃だ!」
「これは傲慢だ」
セラ
「人類は今、
“宇宙に拳を振り上げる”ことを選びました。
それを“希望”と呼ぶ人もいるでしょう。」
彼女は、目を細める。
「しかし私は、
それを“恐怖からの抵抗”だと感じます。
オメガは“終わり”ではなく、
“選び直しのチャンス”です。」
「それを、
爆弾や金属の塊でねじ曲げようとする。
それは、
ーー“神の用意したリセットボタンに、
人間が勝手にテープを貼る行為”ーーです。」
コメント欄がざわつく。
「言い方うま」
「でも何もしないのも怖い」
「どっちが正解なんだ」
セラ
「黎明教団は、
“アストレアA”に反対します。
各国の信者は、
基地や宇宙機関の前で静かな祈りの輪を作ってください。」
「暴力はいりません。
必要なのは、“揺るがない意思”です。」
画面の向こうで、
誰かが頷き、
誰かが顔をしかめた。
《東京都内・とある家庭のリビング》
家族三人が、
静かにテレビを見終わっていた。
高校生の息子
「……すげぇな。
人類が本気で宇宙にケンカ売るのか。」
母親
「ケンカっていうか……押し返すって感じじゃない?」
父親は、リモコンを置いて言った。
「どっちにしろ、
“誰かが何もしないで終わるよりマシだ”って決めたんだろう。」
息子が、ぽつりと訊く。
「……父さんは、どう思う?」
父親は、少し考えてから答えた。
「正しいかどうかは分からん。
でも、 “何もしない”って聞くよりは、
“やってみる”って聞いたほうが、
今夜は少しだけ眠れそうだな。」
母親が笑う。
「じゃあ、寝る前にちゃんと歯磨きしなさい。
“未来”がどうなるかは分からなくても、
“明日の口臭”は自分で何とかできるんだから。」
息子は吹き出しながら立ち上がった。
その小さな笑いも、
確かに“プラネタリーディフェンス”の一部だった。
その日、
地球は初めて“自分から”宇宙に拳を振り上げた。
それが、 救いの一撃となるかどうかは、
まだ、誰にも分からない。
本作はフィクションであり、実在の団体・施設名は物語上の演出として登場します。実在の団体等が本作を推奨・保証するものではありません。
This is a work of fiction. Names of real organizations and facilities are used for realism only and do not imply endorsement.






