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第八十五話 ずっとの続き
「……ずっと……」
その先が、どうしても出てこなかった。
彼は歩道橋の手すりに寄りかかり、
何度も記憶を辿る。
けれど、そこから先だけが綺麗に抜け落ちている。
「無理に思い出さなくてもいいよ」
彼女が隣で言った。
「分かってる」
彼は小さく笑った。
「でも、ここまで来たら気になる」
「うん」
彼女も笑う。
二人はもう一度、さっきの傷を見る。
『言葉にできなかったら、残して』
「この文字、誰が書いたんだろう」
「俺かもしれない」
「どうして?」
「事故の前日に、言葉を残す話をしてたなら……」
彼はそこで止まった。
「いや」
「?」
「これ、俺の字じゃない」
彼女が文字を見つめる。
確かに、今まで見つけた彼のメモとは筆跡が違う。
「じゃあ、あの人?」
「……たぶん」
その瞬間、彼女が何かに気づいた。
「待って」
「どうした?」
「『す』って見えた文字、もしかしたら一文字じゃないかも」
彼女はスマホで写真を撮り、明るさを上げて拡大した。
消えかけた文字の隣に、もう一つ薄い跡がある。
「……『ず』?」
彼は画面を見つめる。
「ずっと……?」
二人とも黙った。
「『ずっと』って書いてた?」
「分からない。でも……」
彼の胸の奥で、何かが動いた。
『ずっと』
その言葉を聞いた瞬間、別の記憶が重なった。
駅のベンチ。
銀色のチャーム。
青いリボン。
そして、誰かが笑っている。
『じゃあ、ずっと持ってて』
『ずっと?』
『うん。いつか必要になるから』
彼は息を呑んだ。
「……チャーム」
ポケットから取り出す。
銀色のチャームの裏には、以前見つけた文字がある。
『ずっと』
「これ……」
彼女も覗き込む。
「同じ言葉だね」
「でも、これだけじゃない」
彼はチャームを裏返した。
今まで気づかなかった、小さな傷がある。
その傷を指でなぞる。
すると、記憶が一気に押し寄せた。
雨。
走る自分。
遠くにいる誰か。
手に持った小さな封筒。
そして、自分の声。
『ずっと、待ってて』
「……っ」
彼はその場で目を閉じた。
「思い出した?」
彼女の声が聞こえる。
「……少しだけ」
「何て言ったの?」
彼はゆっくり目を開けた。
「『ずっと、待ってて』って」
彼女は黙った。
その言葉が、二人の間に落ちる。
約束。
待つこと。
戻ること。
今まで集めてきたものが、
少しずつ一本につながっていく。
けれど――
「おかしい」
彼が言った。
「何が?」
「俺は『戻る』って約束した。でも、その人は……俺に『待ってて』って言った」
彼女も考え込む。
「どっちが先だったんだろう」
「分からない」
そのとき、スマホが震えた。
知らない番号からだった。
『順番を間違えないで』
彼は画面を見る。
「……順番?」
続けてメッセージが届く。
『君が約束したのは、戻ること』
『相手が約束したのは、待つこと』
彼女が息を呑む。
「じゃあ……」
『そして、事故のあとも』
そこでメッセージが途切れた。
「事故のあとも?」
彼が返信する。
『その人は待ってたの?』
既読がついた。
けれど、しばらく返事は来なかった。
やがて、一言だけ。
『今も』
彼は画面を見つめたまま固まった。
「……今も?」
彼女もその文字を見ていた。
「じゃあ、もしかして……」
二人の間に、ある可能性が浮かぶ。
事故の日に会っていた。
その後も、何かを残している。
箱。
写真。
メッセージ。
そして今も「待っている」。
それなら――
その人は、
どこかで二人のことを見ているのではないか。
彼がそう考えた瞬間、別のメッセージが届いた。
『探す必要はない』
彼は眉を寄せる。
『その人は、君たちが見つけるのを待っている』
そして最後に。
『次に会う場所は、君が約束をした場所』
彼はゆっくり顔を上げた。
「……約束した場所」
彼女も同時に気づいた。
「駅じゃない」
「うん」
二人が思い浮かべたのは――
事故の前日に最後に別れた場所。
歩道橋。
けれど、そこではない。
その先。
彼が「戻る」と約束した場所。
彼は写真を取り出した。
写真の端に、小さく道が写っている。
「……ここから先だ」
彼女が頷く。
「行こう」
二人は歩き出した。
そのとき彼の手の中で、銀色のチャームが揺れた。
裏側の『ずっと』という文字が、
夕方の光に一瞬だけ浮かんだ。
彼はまだ知らない。
その言葉の続きを。
そして――
その約束を、
事故のあとも守ろうとしていた人がいることを。
コメント
1件
おお、結構重い展開だな…「ずっと」って言葉に込められた意味が、一気に深くなった気がする。チャームの裏の傷とか、『今も』の一言が刺さるわ。記憶のピースが少しずつつながって、しかもまだ続きがある感じ、次の展開が気になって仕方ない🔥 約束を守ろうとしてる人がいるってのが、もうね…切ない。