テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#溺愛したいができない
当麻月菜
1,342
#魔道具職人
こはる
478
フユめん
190
カムロドゥヌムの町の東側では、最近、畑の開墾が進められている。カレーに使うハーブやスパイスを栽培するためだ。
同時に周辺の農村にアウレリウスの名で通達を出して、スパイス類の栽培を奨励した。税の優遇と今までよりも高めの価格での買い取りを知らせると、多くの農家が意欲を見せた。
もともと、スパイスやハーブは農家が自家消費のために少量作っていたものが多い。
その中でもカレーに適した種類を知らせて、栽培を増やしてもらう手はずである。
畑の開墾はとりあえず小規模に行っている。
ブリタニカ属州は冷涼で雨の多い地域。小規模な畑であれば灌漑を行わずとも自然の雨だけでやりくりできるだろう。
カムロドゥヌムは南に山脈を背負い、三方を平原に囲まれている。
山脈からの河川や小規模な沼地なども点在しているので、農業をするには悪くない土地だ。
ただし魔の森の危険性があるため、要塞都市としてのカムロドゥヌム以外は、少し離れた場所に農村が点在するのみである。
ウルピウスの防壁が完成して以来十年、八年前の魔王竜出現もあり、周辺の農地開拓は進んでいなかった。
栽培条件として温暖な気候を必要とする作物は、輸入に頼らざるを得ない。
カレーに使うスパイスは特に貴重というわけではないが、急に消費量が増えれば市場に混乱を招く。
アウレリウスは先手を打って、商人ギルドに常よりも多い量のスパイスを運び入れるよう契約を交わしておいた。
「こんにちは、皆さん!」
「ワン!」
ある夏の晴れた日、ユーリは開墾中の畑まで足を伸ばしていた。シロも一緒だ。
「やあ、ユーリさん」
クワを振るっていた三十代くらいの男性が顔を上げる。額から顎まで、汗が流れている。
「進み具合はいかがですか?」
「まあ、ほどほどだねえ。牛を使わないで手作業だから」
男性は首にかけていた布で汗を拭った。
通常、開墾作業には牛を使う。が、今回は小規模ということで手作業なのだ。
畑では数人の男女が働いている。男性は冒険者、女性はその連れ合いだった。
「俺らは食い詰めて冒険者になったが、狩りはどうにも苦手でよ。土を触って仕事になるなら、そっちのがいいや」
そんなことを言って笑っている。
ユーリはそんな彼らに水筒からコップに水を注いで配った。
「こりゃどうも。……んん? この水、味がついてるな。果物をしぼったのかい?」
「ええ、オレンジをしぼりましたよ。それにハチミツと塩をほんのちょっぴり」
ユーリが笑って言うと、彼らは目を丸くした。
「そりゃあ贅沢だ! なんだって水にそんなものを?」
「ただの水より、体に染み通りやすくなるんです。いっぱい汗をかいていたでしょう。体がカラカラに乾いてしまう前に、ちゃんと水を飲んで下さいね」
「ワン」
熱中症を心配してのことだ。
いくら涼しい土地でも、夏の真っ昼間に肉体労働をすれば流れるような汗が出る。
カレーのお陰で栄養状態は少し改善したが、水分の重要性は変わらない。
ユーリは彼らと話しながら、畑の様子を見た。
予定地の半分ほどはよく耕されており、深く返した黒い土が湿り気を帯びてきらきらときらめいている。
「良い土でしょう」
男性が言って、ユーリはうなずいた。シロは足を泥んこにしながら畑を走り回り、嬉しそうだ。
「どんなスパイスを栽培するか、今から楽しみね」
「あぁ、それですが」
彼はちょっと残念そうに頭を掻いた。
「カレーに使うスパイスは、南のものが多いんです。このあたりでも作れるは作れるが、春の遅い時期に種をまいて夏から秋に収穫ってとこですね。つまり今年は間に合うかどうか、ぎりぎりです」
「あら……。そうだったのね。間に合えばいいけれど、どうなるかしらね……」
予想はしていたが、ユーリは少々がっかりした。
「でも、せっかく畑を作ったのに。もったいないわ」
「冬になれば、ここらは雪が積もりますからなあ。ま、また来年です」
「そうですね」
ユーリはうなずいて、ふと思いついた。
「黄色マンドラゴラは、植えられないかしら」
「えっ」
「マンドラゴラを、植える?」
周囲の人々が思わず、といった雰囲気で眉を寄せる。ユーリは慌てて手を横に振ってみせた。
「ただの思いつきなの。マンドラゴラは、北の魔の森に行けば大人しく土に植わさっているじゃない? あれを畑に連れてきたら、どうなるのかなって」
先ほどからユーリの話を聞いていた男性が、腕を組んで考え込んだ。
「魔物の栽培、アリかもしれませんな。黄色マンドラゴラは、カレーで使う重要なスパイスだと聞きました。いちいち魔の森まで行かないで畑で穫れるなら、その方がいい」
「ちょっと、トマス」
彼のパートナーらしい女性が袖を引いた。
「さすがに、無茶でしょ」
「だが、マンドラゴラくらいなら俺でも倒せるぞ」
「耳栓さえありゃあ、あまり問題ない奴らだよな」
「たまに歩いている姿を見るが、動きはのろい。柵で囲っておけばどこにも行けないだろう」
彼らはユーリを横目にわいわいと話し始めた。冒険者と農夫としての経験が合わさって、予想外の反応を起こしたようだった。
「ユーリさん。畑で黄色マンドラゴラが穫れたら、いいですよね?」
やがてトマスが意を決したように言った。
ユーリはうなずく。
「もちろんよ! でも、ここは町に近いわ。町の人と、畑の面倒を見る人に危険がないのが絶対の条件になる」
「そうですね。じゃあ柵で囲いをしっかりして、最初はほんのちょっとだけ植えて……」
「ここに小屋を立てて、交代で見張るのはどうでしょう」
「あとは……」
と、冒険者たちは口々に考えを話し始めた。
場所は変わって、アウレリウスの執務室。
「……というわけで、畑に黄色マンドラゴラを植えたいんです!」
意気込むユーリの背後ではトマスと彼女の妻ベラが、不安そうに立っている。
「畑に魔物を」
アウレリウスはそれだけ言って、少し黙った。呆れたような、吟味するような光が紫の瞳に灯っている。
ユーリは続ける。
「黄色マンドラゴラはほとんど動きませんし、まれに土から抜け出して歩いてもとても遅い動きです。引き抜いたときの叫び声以外は、攻撃性も特にありません。球根で増えるタイプの魔物なので、種が飛んで広範囲に広がることもない。危険性は低いと考えます」
「きみの言い分は一理ある」
アウレリウスは低い声で言った。
「黄色マンドラゴラはカレーに欠かせない重要な食材だ。そして魔物である以上、採集に危険が伴う。であれば魔の森に分け入って探すよりも、畑に養殖……栽培というべきか。栽培で安定した数を確保するのはよいだろう」
ユーリの期待に満ちた目を、だが、アウレリウスは冷たく封じた。
「この計画はこのままでは甘い。第一に畑の位置が町と街道に近すぎる。万が一にマンドラゴラが柵を抜け出したり、通行人や町人が引き抜いたりなどして被害が出た場合、『魔物の被害』が喧伝されるだろう。そうなればカレー事業に支障が出る」
アウレリウスは執務机の上で指を組み直した。
「せっかく『魔物肉』『魔物の食材』の嫌悪感を乗り越えて市民たちが受け入れ始めたのだ。危険が身近にあるとなれば、一気に揺り返しが来るのが目に見える」
「そんな……」
ユーリは口元を引き結んだ。背後ではトマスとベラも厳しい顔をしている。
「ゆえに、栽培の場所を変える。場所はウルピウスの防壁の向こうだ。これは譲れない」
ユーリはアウレリウスを見た。彼の紫色の瞳は、少し苦笑しているようにも見える。
「防壁の向こうであれば、もしもマンドラゴラが予想外の動きをしても町に被害は出ない。兵士の詰め所である見張り塔から目視できる場所に、畑を作る。防壁の向こうに拠点を作るのは難しいので、担当の冒険者は栽培の世話と監視とで毎日通ってもらう。それでどうだ?」
「はい!」
「いいですね!」
思わずトマスが声を上げて、慌てて口を手で押さえた。
「黄色マンドラゴラの栽培のためには、生け捕りにしてこないといけませんね」
ユーリが言って、みながうなずいた。
トマスが手を挙げた。
「俺が行きます。言い出しっぺだし、今まで何度かマンドラゴラの採集依頼を受けてきましたから」
アウレリウスはちらりと彼を見る。
「お前の冒険者ランクは?」
「Dです」
冒険者ランクはAからEまでの五ランクに分かれている。D ランクは中堅どころのやや下だ。
なお特例的にSランクも存在する。Sランクはユピテル全土を見ても、ユリウスとほんの数人しか存在していない。
「心もとないな。相手がマンドラゴラとはいえ、ある程度の数を生け捕りにしなくてはならない。Bランクの冒険者複数に依頼を出そう」
アウレリウスは机の横からパピルス紙を取り出して、内容をさらさらと書いた。くるりと巻いてひもで結びつける。
「ユーリ、この書簡をギルド長のガルスに渡してくれ。彼が最適な人員を手配してくれるだろう。トマス、お前は彼らに同行するように」
「はい!」
「はい、分かりました」
かつては仕事をさぼってばかりのガルスであったが、最近は心を入れ替えて働いている。ましてやアウレリウスからの依頼で、ユーリのカレー事業に関わるものとなれば、張り切って手配するだろう。
こうして、黄色マンドラゴラ栽培計画はスタートした。
コメント
1件
このエピソード、すごく好きな回でした! ユーリさんが水分補給のひと手間を惜しまない優しさ、そこから自然に「黄色マンドラゴラ栽培」というぶっ飛んだ発想に至る発想力。そしてアウレリウス様が「町へのリスク」を冷静に整理して防壁向こうの案に落とし込む場面は、二人の距離感や信頼関係が伝わってきてじんわりしました。連載の厚みが増してきて、続きが待ち遠しいです!🌷