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分駐所の一角。
散らかった書類をなんとか片づけて、暴れまくった柴犬を落ち着かせるのに成功したのはついさっきのことだった。
「お手。」
何気なく差し出した私の手に、柴犬は素直に前足を重ねてくる。
「おぉ、凄いな。」
志摩が目を丸くし、私も「えらいねぇ!」と頭を撫でた。
その隣で、なぜか不満そうな顔をしているのは伊吹だ。
「……なんだ伊吹。犬嫌いか?犬派って言ってたろ。」
志摩が茶化すように笑う。
「違ぇよ!」
伊吹はむっとした顔で、いきなり私の手を取った。
「俺だってお手ぐらいできる!!」
「え?あの、伊吹さん…?」
戸惑って声が裏返る私。助けを求めて志摩を振り返ると、志摩は口元を押さえて笑いを堪えていた。
「…はは、そういう事か…」
椅子に腰を下ろしながら、肩を揺らして笑う志摩。
伊吹は私の手をぎゅっと握ったまま、真剣な顔で言う。
「ほら、ね?褒めて?」
「え、えぇと……?」
困惑して返事が詰まったところで、分駐所のドアが開いた。
「ただいま戻りました。」
九重と陣馬が帰ってくる。
状況を目にした二人は思わず足を止めた。
私の手を嬉しそうに握りしめている伊吹、苦笑いしている志摩、そして足元に擦り寄ってくる柴犬。
九重と陣馬は、そっと顔を見合わせて小さく首を傾げる。
――分駐所の空気だけが、不思議なほど明るく転がっていた。