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side康二
収録スタジオの空気は、朝からどこか浮ついていた。
スタッフさんたちがバタバタしてる横で、メンバーは例によって自由。誰かがふざければ誰かが乗っかって、笑い声が絶えへん。
俺もその輪の中でいつも通りに笑ってたけど、内心ではちょっとだけ警戒してた。台本に書いてあった“お楽しみ恋人企画”ってやつ。嫌な予感しかしなかったから。
そして予感は的中する。
「では今回の恋人企画、タイトルはこちら!」
スタッフさんの声と共に、大きなボードがめくられる。そこに書かれていたのは──
『1日だけ、恋人になってみよう♡』
……はい、きた。
案の定というか、予想以上というか。
スタジオが一瞬静まり返って、次の瞬間には「ええ〜!?」「ちょ待って!」とメンバーたちが一斉に騒ぎ出す。某メンバーなんかは椅子ごとひっくり返ってるし、別の誰かはもう腹抱えて笑ってる。
「これ、絶対お前向きだろ!」
ふっかさん…その発言的確やめど今は聞きたくなかったかも。
「いや、俺じゃないわ!」
俺も笑いながらツッコむ。そうやって場を盛り上げながらも、心のどっかでは思ってる。これ、絶対ただの笑い企画では済まへんやろ。
「それでは早速、カップルを発表していきます!」
司会の声が響くたびに、メンバーたちがわちゃわちゃと肩を寄せたり、「お前とだけはやめてくれ〜!」なんて冗談を言い合ってる。
──でも、俺はどこか冷静やった。
誰とでもうまくやれる自信はあるし、演技もボケも慣れてる。
やるなら思いっきりやる、それがバラエティの鉄則や。
「続いてのカップルは……」
名前を呼ばれた瞬間、場の空気が一瞬止まった気がした。
俺と──めめ。
「え、マジで?」「うそ?いいな~」って周りが盛り上がるのも耳に入ってこない。
思わずそっちを見ると、少しだけ驚いたような顔で立ち尽くしていた。けどすぐに、いつもの落ち着いた顔に戻って、軽く会釈するみたいに片手を上げた。
ああ、この感じ。あいつやわ。
クールでマイペース、なのに意外とノリもいい。誰とでも仲良くできるし、無口な方のくせにふいに深いこと言うから、つい惹かれてしまう。
……って、なに考えてんねん俺。
「うわー、これはやばい組み合わせだな!」
誰かが茶化してきて、やっと現実に戻る。
「マジかー!よりによってあいつか!」
そう口に出しながら笑う。でも、それは半分本音で、半分は自分を落ち着けるための演技やった。
「じゃあ二人は、今日一日カップルとして過ごしてもらいまーす!ラブラブでお願いしますよ〜!」
「はーいっ!」と軽く返事をしながらも、内心は複雑だった。
バラエティやし、盛り上げなあかんのは分かってる。でも、他の誰でもよかったはずやのに。よりによって、なんで……。
チラッと横を見ると、彼は相変わらず落ち着いた表情で俺の方を見ていた。笑ってないわけじゃない、けど、なんかいつもと少し違う気がした。
心臓が、ドクンと鳴った。
あかん、これ以上は踏み込んだらあかん気がする。
でも今日一日、俺は“恋人役”を演じなあかん。
その矛盾を飲み込むみたいに、俺は深く息を吐いて、無理やり笑った。
──スタートの合図が鳴った。
「──じゃあ、カメラ回しまーす!3、2、1、スタート!」
カチンと音がして、スタジオに空気の張りつめた静けさが広がる。
目の前には、カフェ風に作られたセット。テーブルには並べられたスイーツと、いかにも“デートっぽい”演出。
向かいに座るのは──めめ。
普段からめめはクールやけど、今日はいつも以上に真顔や。カメラがあるからってのもあるやろけど、なんやろう……ちょっと緊張してる?
「あれ、どうしたん?そんなガチガチな顔して」
とりあえず俺が先に崩す。ノリは大事や。企画を盛り上げるために、テンションは高めでいかんと。
めめはちょっとだけ口元をゆるめて、低い声でぼそっと返す。
「いや……普通に恥ずかしい」
その一言に、思わず笑ってもうた。
「なにそれ!めめでもそう思うんや?」
「……言うなよ、恥ずかしいのに」
なんや、ちょっと可愛いやん。
そう思ってしまった自分に、すぐ「ちゃうちゃう、これは企画や」って打ち消す。でも、その瞬間、胸の奥がきゅっとなるのを止められへんかった。
「でも今日一日、彼女役やからな?俺に惚れてまうなよ〜?」
「もう惚れてるかも」
──は?
冗談のはずやのに、めめの声があまりにも自然で、俺は一瞬言葉を失った。
「……ちょ、やめてや。そういうのマジっぽく聞こえる」
「演技だけど?」
笑ってるのに、目がぜんぜん笑ってへん。
むしろまっすぐで、真顔のまま見つめられて──その視線に飲まれそうになった。
カメラが回ってるのに、息が詰まりそうやった。
「好きやで」
自然に出た言葉やった。台本にはなかった。せやけど、空気的に今言うべきやと思った。
でも、その声は、俺の想像よりもずっと低くて、本音っぽかった。
自分で言っておきながら、すぐに後悔した。
重すぎた。
関西弁って、なんでこんな時に限って刺さってまうんや。
ちょっと黙り込んだめめの顔を見て、ああやってもうたと思った。
「おーい、ラブラブすぎてカットできないぞ〜!」
後ろのほうで、ふっかさんの笑い声が響いた。
「めめ、マジ照れてない?康二ほんとの彼女みたいじゃん」
「うわ、しょっぴーうるさい〜!」
セットの外から声を飛ばすメンバーたちに救われたような気がした。
俺は笑いながら手を振ってごまかす。
「あーもう、みんな黙っててー!集中できへん〜!」
でも──ほんまにごまかしたかったのは、自分の中のこのざわめきや。
めめの視線が、さっきからずっと熱いままで。
その熱が、心のどこかをじわじわ焦がしてた。
──“企画”のはずやのに、どっちが引っかかってるんか、分からんくなる。
「はい、OKでーす!」
カメラが止まると同時に、スタジオの空気がふっとゆるむ。照明の熱と緊張から解放されて、少しだけ肩が軽くなった気がした。
めめは席を立って、スタッフさんに軽く頭を下げてる。変わらず淡々として見えるけど、ふとした瞬間に耳が赤い気がして、それだけでちょっと笑いそうになった。
──あかん。何を見てんねん俺。
気を引き締め直そうとしたタイミングで、横から声をかけられた。
「向井くん、ほんと演技うまいね〜!」
振り返ると、若手のADさんがニコニコしながら立っていた。
「え?ああ、ありがとうございます〜!いや〜、頑張りましたよぉ?」
笑顔でそう返す。反射的に、いつも通りの“向〇康二”を演じて。
「めっちゃ自然でしたよ。カメラ止まったあとも空気がリアルで……まさか素で照れてたとか?なんて、冗談ですけど!」
「ははっ、バレたらアカンやつですね〜!」
いつもの軽口。冗談で返す。それが、俺の得意技や。
……けど、その一言がじんと響いてしまった。
『演技うまいね』
たったそれだけの言葉なのに、心のどこかがズキッと痛んだ。
自分でも分かってる。あの「好きやで」は、“演技”で言った。そう言い切らなあかん。
けど……本当は、ちょっとだけ本音が混じってた。
いや、混じってたどころやない。あれは、ずっと胸の奥にしまってた気持ちが、ふいに出てしまった言葉や。
「演技です」って、そう言えば言うほど、なんか自分の気持ちを嘘で塗り固めてる気がした。
ふざけた企画やのに、なんでこんなに胸が痛いんやろ。
ふと横を見ると、めめがまだ誰かと話してる。その表情は変わらず落ち着いてて、俺の方なんか見てもへん。
それが少し、寂しかった。
「俺、……なんしとんやろなあ」
つぶやいた声は、誰にも聞こえてへん。
それでよかった。聞かれたら、笑ってごまかす自信がなかった。
──好きになんかなったらあかん。
それが“演技”なんやとしても。
―――――――――――
収録本編が終わって、今は“雑談タイム”と呼ばれるアフタートークの撮影中。
台本らしい台本もない、自由な空気。メンバーそれぞれが感想を言い合ったり、ふざけたり、時には裏話を暴露したり──そんな、ファンには“神回”と言われそうな空気が流れてた。
俺も、いつも通りに振る舞う。……ふりをする。
笑って、相槌打って、ちょっと強めにツッコんだりして。
「いや〜康二、あれガチだっただろ!」
ふっかさんがニヤつきながら茶化してくる。
「ちがうって!演技演技!」
「いやいや、照れてたじゃん!」
「ちゃうって〜〜!俺、演技派やから!」
そんなふうにワイワイやってる間にも、目の端でめめの姿を追ってしまう自分がいて。
でも──めめは、何も変わらん顔をしてた。
さっきのあの距離感も、あのセリフもなかったみたいに、落ち着いた声で普通に喋ってる。誰かの冗談にうっすら笑って、軽くツッコんで。隣のしょっぴーともふつうに話してるし、だてさんの無茶ぶりにもちゃんと乗っかってる。
……いつもの、めめ。
それが、無性に腹立たしかった。
なんでやねん。
なんで、あいつはそんな平気そうな顔してんの。
俺、ずっと考えてんのに。あの「惚れてるかも」って言葉、冗談やって分かってても、ずっと引っかかってんのに。
心臓がドクドクして、胸の奥がモヤモヤして、なんであんなこと言うたんやろって何回も自分責めてるのに。
なんでめめは、何事もなかったみたいな顔できんねん。
……なんか、自分ばっかりがバカみたいや。
喉の奥に何か詰まったみたいな感覚が残ってて、笑い声を出すのにも力が要った。
「康二、顔引きつってない?」
あべちゃんに耳打ちされて、あわてて笑顔を作った。
「え、マジ?いや〜照れてんのかな!」
「はいはい、照れてる照れてる〜!」
誰かがそう言って笑いを取って、空気がまた軽くなる。
でも俺の中は、ちっとも軽くならへんかった。
むしろ、あいつの“普通”に飲み込まれそうで、どんどん苦しくなっていく。
──あんな言葉、冗談で言えるんやったら、俺も冗談で返せばよかった。
そしたら、今こんな気持ちにならんかったのに。
笑ってるくせに、胸の奥がヒリヒリする。
その痛みに気づいてるのは、自分だけやってことが、また余計に悔しかった。
――――翌朝、楽屋の扉を開けた瞬間、いつもと同じ賑やかな声が耳に飛び込んできた。
「おはようございまーす」
「おはよう」
「眠っ……なんで朝イチでこのロケなんだよ〜」
「今日寒くない?岩本くん、コート着てきた?」
「うん。ちゃんと着てる。ラウのほうが薄着すぎ」
メンバーは相変わらずわちゃわちゃしてて、空気は昨日と同じはずやのに……なんか、違った。
いや、ちゃう。違うのは“空気”やない。めめや。
今日は、やたら視線が合う。
そのくせ、何も言わんとすぐそらす。かと思えば、別のタイミングでまたこっちを見てる。視線がチラチラ動くのが、分かる。
「……なんなんやろ、あれ」
小さくつぶやいた声は誰にも聞こえてない。
それだけならまだしも、さっきも、ふっかさんとの会話に割って入ってきた。
「康二、それ今日初めて着てきた服?」
「え?ああ……せやけど?」
「似合ってる」
唐突なその一言に、会話が一瞬止まった。
「……なに?急にどうしたの?」
ふっかさんが笑いながら首をかしげる。
「いや、なんとなく。昨日見たときも似合ってるなって思ってたから」
めめは何気ない風を装ってたけど、その言い方がやけに素っ気なくて、逆に引っかかった。
俺は苦笑いで流しながら、内心で焦ってた。
──昨日のこと、やっぱり引きずってる?
もしかして、あれを本気にしてもうたんやろか。
頭の中がざわざわして、集中できへん。
ふざけて笑ってるふりしながら、めめの一挙一動が気になってしゃあない。目線も、距離も、口調も。全部が、ちょっとずつ“いつもと違う”。
俺だけが、変に意識してると思ってたのに。
ほんまは、めめも──いや、考えすぎかもしれへん。でも。
……こっちがなんとか忘れようとしてるのに、なんで、あいつはそんな目で見てくるんや。
――――――どっちの“演技”が終わってないのだろうか。
収録が始まるまでのわずかな時間。
めめは隣のさっくんと話してたけど、時々、こっちを見てた。そのたびに俺は目を逸らす。
怖くて、目を合わせられへんかった。
──昨日のことは、昨日で終わり。
それでええはずやのに。
終わったはずの嘘が、どんどん自分の中で膨らんでいく気がしてた。
「はいじゃあ、今日の撮影はファンのみなさんへの質問コーナーでーす!」
カメラが回り始めた瞬間、場の空気がふわっと切り替わる。
しょっぴーが軽くカメラに手を振りながら進行役を担い、さっくんが「質問ボックスから引きまーす!」と元気に張り切る。だてさんが静かに相づちを打ちつつ、てるにぃがなぜかすでに脱線気味のトークを始めていて、ラウがそれを冷静に突っ込んでる。
俺は、笑う。
いつも通り。カメラがある時の“俺”を演じるのは、もう慣れっこや。
──のはずやったのに。
「次の質問、康二くんと……めめくんに!」
さっくんが嬉しそうに俺らを指さした瞬間、背筋がピクリと反応した。
いや、たまたまや。そう思いながら、平静を装って前に出る。
「お題はこちら。“お互いの第一印象と今の印象の違いを教えてください!”」
「うわ〜、めっちゃ普通のやつ来たな!」
「真面目に答えよ?」
めめは静かにそう言って、カメラに向かって微笑んだ。
その顔が、なんや、すごく落ち着いてて──逆にこっちはどんどん動揺していく。
「俺からでええ?」
「うん」
目が合った。数秒だけ、でも確実に合った。
それだけで、胸がズクンと鳴る。
「えーと……第一印象は、なんやろ。正直、イケメンすぎて怖そうやった。全然喋らへんし、目合わへんし……」
ファン向けやから、ちゃんと笑いも入れながらしゃべる。でもその裏で、頭の中はぐるぐるしてた。
“目合わへんし”って、自分で言ったくせに、今は逆に、目が合いすぎる。
なんなんや、ほんま。
「でも今は、……優しい。あと、よう笑う。そんな笑顔が素敵かなって思う。ほんで、時々なんか、色々俺の事読まれてる気がするかな……それは俺の被害妄想かもしれへんけど」
言いながら、自分で「あ、これあかん」と思った。変に深読みされそうな言い方をしてもうた。
めめが少しだけ表情を崩す。
「じゃあ俺の番。第一印象は……めっちゃ喋る人。うるさいなって思ったかも」
「ちょ、それストレートすぎひん!?」
スタジオに笑いが起きる。
「でも今は……うるさいけど、ちゃんと人を見てるなって思う」
その言い方が、やけに静かで。
目を見て言われた瞬間、息が止まった。
それ以上、何も言われへんくて、咄嗟に「なんなんそれ〜」と笑いながら肩を叩いた。なんとか笑いに変える。そうせな、自分の動揺がバレそうで怖かった。
──なんや、この感じ。
普通にしゃべってるのに、普通の会話ができへん。
さっきから、言葉の奥に何か隠れてる気がして、胸の奥が落ち着かん。
めめの視線も、言葉も、距離感も、昨日までとはどこか違う。
終わったはずのドッキリやのに──俺だけが、まだ終われてへんみたいや。
それがバレたくなくて、必死に笑うしかなかった。
でも。
笑えば笑うほど、あいつのまっすぐな目が、怖くなっていく。
――――動画収録が終わった瞬間、いつもなら「あ〜疲れた〜!」って声を上げて、誰かとハイタッチして、すぐオフモードになる。そんな何気ない流れのはずやのに。
今日はちがった。
スタジオの照明が落ちて、カメラが止まって、みんながリラックスした空気に戻っていく中──
俺は、少し早歩きで楽屋に戻った。
わざと。
「お疲れさまでした〜」って笑いながら、他のメンバーよりも一歩先に足を動かす。めめが近くにいたのに、目も合わさずに。
靴音がスタジオの床に響く。
後ろから誰かが呼びかけてくる気配は……なかった。
──ほっとした。けど、なんでか少しだけ寂しかった。
楽屋に入って、すぐスマホを手に取る。特に何をするでもなく、通知も見てないくせに、何か見てる“ふり”をした。
視線を上げれば、きっと、あいつが入ってくるのが分かる。でも今日は、見たくなかった。
「康二、さっきのオチ完璧だったな〜!」
ふっかさんが背中を叩いてくれる。
「ほんまっすか?ありがとうございます〜」
軽く返しておいて、そのまま自分のバッグをごそごそといじる。
“忙しいフリ”。
そうでもしないと、会話に巻き込まれてまう気がして。特に──めめに。
ちら、と視界の端に黒い影が入った。扉が開いた気配。
「おつかれ」
低くて静かな、聞き慣れた声。
心臓が跳ねた。
けど、顔は上げない。
「あ、おつかれさまです〜」
背中を向けたまま、誰に言ったのか分からんようにして返す。わざとや。そんな自分にすら、ちょっとイラッとした。
なんでこんなこと、せなあかんねん。
なんで俺ばっかり、こんなにぐちゃぐちゃなんや。
向こうは何も気にしてへんように、いつも通りで。
俺が勝手に変になってるだけみたいやん。
「康二くん、今日このあと衣装合わせあるんでしたよね?」
スタッフさんに声をかけられて、渡りに船とばかりに即答する。
「あ、はい!行きます行きます!」
他のメンバーより一足先にスタジオを出る。エレベーターホールに向かう途中、ガラスに映る自分の顔が、少し疲れて見えた。
──避けてるの、バレたやろか。
けど、今はこれでええねん。
このまま、何もなかったことにできるなら。
ほんまは、ちがうって分かってる。
けど、これ以上踏み込まれたら、きっともう戻れん気がしてた。
それが怖くて、俺は距離を取った。
近づかれる前に、自分から離れた。
―――――――――
「え、康二も残ってんの?」
「うん、確認あったらあかんしって言われて」
「……そっか。じゃあ俺も、あとちょっとだけ」
編集作業のチェックで立ち寄ったスタジオの一室。
本来ならマネージャーさんと一緒に来るはずが、予定が重なったとかで、急遽メンバーが交代。気づけば、俺と──めめ、ふたりきりになってもうた。
控えめな照明に、壁一面のモニター。編集中の無音の映像が繰り返し流れてて、その静けさがやたらと重く感じた。
俺らが並んで座る、細長いソファ。手と手が触れそうで、ギリ触れへんくらいの距離。
それが、妙に意識させてくる。
沈黙が続くのが気まずくて、俺から口を開く。
「……昨日の、見たん?」
「ああ。ざっと、通しただけだけど」
「めっちゃ変な汗かいたわ……俺、そんな演技力あったっけって」
「あったよ」
「……なんや、素直やな」
「本当のことだし」
静かな声が返ってくる。笑いも冗談も混じってへん、ただの事実みたいに。
こっちは内心、バリバリに動揺してるのに。
「……なんか、めめってずるいよな」
ぼそっと、思わずこぼれた。
「なにが?」
「そんなん言われたら、なんか、わからんようになるやん」
「なにが分からないの?」
真正面から問われて、一瞬、言葉に詰まる。
それでもなんとか笑ってごまかそうとしたけど、笑いが喉に引っかかって出てこなかった。
「……あれ、あのときの言葉とか……ぜんぶ、演技に決まってるやん。そっちも、そうやったやろ?」
めめは一瞬だけ目を伏せて、編集モニターの方を見た。
まるで逃げるみたいに。
「どうだろうね」
それだけをぽつりと落とす。
──ズルい。
そう思った。あの日、俺が言った「好きやで」は演技ですって、必死で笑いながら言い切ったのに。
なんであいつは、確かめも否定もしない。
はっきり言ってくれたら、割り切れるかもしれへんのに。
「なにそれ。はっきり言えばええやん」
「……康二が、演技って言ったから」
その声は、ひどく静かで。
思わず息をのんだ。反論しようとして、でも言葉が出てこなかった。
編集室のモニターには、まだ昨日の映像が流れていた。
「好きやで」と言った俺の口元と、そのあと数秒黙ったまま俺を見つめ返してた、めめの表情。
モノクロに近い画面越しでも、その目の奥の揺らぎがはっきり見えた。
それでも、めめは何も言わなかった。
俺の“演技”に、ただ乗っかっただけ。
……それが悔しくて、怖くて、でもどこかでほっとしてる自分がいた。
このまま、曖昧なままにしてくれたら、傷つかんで済むかもしれへんから。
「じゃあ、そろそろ行くわ」
立ち上がっためめの背中に、何も言えなかった。
その背中を見送りながら、俺は膝の上でこぶしを握った。
──ずるいのは、あいつやなくて、自分のほうかもしれへん。
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