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ペン先をインクへ浸し、まずはヴァン・エルダールでの出来事をしたためていく。
リリアンナ嬢の体調が優れなかったこと。
彼女との婚姻を申し出た際、ライオール卿が強く拒んだこと。
その際、彼がリリアンナを〝大事な身〟と表現したこと。
そして代替案として、ダフネ・エレノア・ライオール嬢を提示されたこと。
書き進めていたペンが、そこで一度止まる。
セレノはしばし考えた後、再び文字を綴った。
――もうひとつ、殿下の見解を伺いたいことがある。
自らの黒髪と赤い瞳についてだった。
これまでマーロケリー国の王族は、この容姿が長いこと敵対してきたイスグラン帝国民にとってどのような意味を持つのかを承知した上で、あえて両国の歴史――元々はイスグラン帝国とマーロケリー国がノルディア王国としてひとつの国だったこと――へ触れずにきた。
王太子である自分の持つ色がイスグラン帝国民のものと同じだと知られることは、ある意味禁忌だった。
だが、アレクトが和平を望み、セレノもそれに応えるつもりならば、いつまでも自国民を騙し続けるべきではないのかもしれない。
少し前に崩御したと伝え聞いた、アレクト殿下の父・先代王のオルディス・ヴァルター・ヴァルドールにとって、領国が一国だった歴史は、マーロケリーをイスグラン帝国の属国とするのに好条件として位置づけられていたが、今は違う。
両親や臣下とも相談しなくてはならないが、黒髪と赤い瞳を隠す日々も終わりを迎える時が来たのかもしれない。
ライオール卿に言われたからではないけれど、いずれ正式に自らの〝本当の色〟を公にすることも考えるべきだろう。
それが出来るようになった時こそ、両国の民にとって、真の意味での和平が成された時ではないだろうか。
もちろん、今すぐにできることではない。
長年根付いた忌避感情が、セレノひとりの宣言で変えられるとは思っていない。
だからこそ、まずは国と国との関係を目に見えて変える必要がある。
和平を結び、その先に融和への道を作る。
そのためにも――。
「アレクト殿下。あなたなら、どうする?」
最後まで書き終えると、セレノは便箋を折り畳み、封蝋を施した。
そしてバルコニーへと出る。
帰巣香を燻らせると、ほどなくして白い翼が空から舞い降りた。
腕へ止まった雪鷹の脚へ親書を括りつける。
今目の前にいる伝書鳥は、ライオール卿に渡したものとは別個体だ。
この雪鷹の香印はアレクト殿下に渡してある。
要するに、ライオール卿を介さなくてもアレクト殿下と密書のやり取りを可能にするための雪鷹だ。
「頼んだぞ」
腕を差し出すと、雪鷹は力強く羽ばたいた。
白い影が青空の彼方へ小さくなっていく。
その行き先は、イスグラン帝国王都エスパハレにいるアレクト・グラン・ヴァルド―ル。
セレノは白い影が見えなくなるまで、その姿を見送った。
コメント
2件
雪鷹がもう1羽いた!
鷹槻れんさん、こんにちは。今回のエピソード、すごく静かで、でもセレノの内側がぐっと動く瞬間が伝わってきました。ペンが止まるあの間、そして「本当の色」を公にする覚悟——彼が自分の出自と歴史をどう受け止め、これからの和平にどう活かそうとしているのか、その迷いと決意が一篇の手紙に込められていて、胸に迫りました。最後に雪鷹が空へ消えていく描写も美しくて、二人の距離を超えた信頼が感じられて好きです。続きが待ち遠しいです。