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「……今度はセレノ王太子殿下からか」
執務机の上に置かれた二通の親書を前に、アレクト・グラン・ヴァルドールは小さく息を吐いた。
戴冠式を控えた忙しい時期ではあるが、どちらもないがしろにしていい書簡ではない。
先に届いた一通は、自国の最北の地、ニンルシーラから。
差出人は、ランディリック・グラハム・ライオール辺境伯。
そして今しがた届いたもう一通は、ニンルシーラと国境を隣接したすぐ隣の国。マーロケリー国の王都ルクセリアから、雪鷹によって届けられたものだった。
アレクトは、すでに一度目を通していたランディリックからの書状へ再び視線を落とす。
そこに記されていた内容は、決して軽いものではなかった。
リリアンナ・オブ・ウールウォード伯爵令嬢が懐妊したこと。
そして、その子の父親がランディリック自身であること。
「やはり、そういうことだったのか……」
驚かなかったと言えば嘘になる。
けれど、まったく予想していなかったわけでもない。
以前から、あの二人の間には単なる養父と養い子という言葉だけでは説明しきれない何かがあると感じていた。
だが、以前王都の花街で、隠密裏にセレノ殿下を交えて会合を開いた際、ランディリックはそのようなにおわせ発言を一切しなかった。
(俺はセレノ殿下にリリアンナ嬢を……と話したはずなんだがな)
そのような感情があったならあの時に少しは見せても良かったはずだ。
そう思ったものの、そうされたならきっと、自分はランディリックとリリアンナを即座に引き離していただろう。
(やられた……)
書状には、ゆえに、リリアンナをセレノ王太子へ嫁がせることは不可能である旨が、はっきりと記されていた。
(あの男のことだ。俺が彼女をマーロケリー国へ、と告げた時点で動き始めていたに違いないな)
おそらくはそうだろう。
ランディリック・グラハム・ライオールという男は、幼いころから気に入ったものへの執着が、人一倍強い傾向があった。
だが、ライオール家の三男坊だったランディリックは、長兄や次兄に比べ、生家での扱いが決して良いとは言えなかった。そのせいなのか、昔から欲しいものを真正面から求めるのではなく、周囲から固め、最後には相手が自分に与えざるを得ない状況を作り出すところがあった。
リリアンナ嬢の件に関しても、同じように外堀を埋めたとしか思えなかった。
マーロケリー国は王室入りする女性の処女性を重んじる国です……と申し添えたうえで、リリアンナ嬢の代わりとして挙げられた名が――。
「ダフネ・エレノア・ライオール、か」
アレクトはその名を口の中で転がす。
元ウールウォード伯爵家の縁者で、リリアンナ嬢の従妹。
(確か……前ウールウォード家当主デンサイン・スチュワート・ウールウォード伯爵の弟に当たる男の娘だったか)
リリアンナの実父デンサイン・スチュワート・ウールウォードは人徳者だったが、弟のダーレン・アトキン・ウールウォードは欲深い男で、爵位もなかった。
デンサインと妻・マーガレットが亡くなってすぐ、リリアンナ嬢の〝後見人〟としてウールウォード伯爵家へ乗り込み、我が物顔で伯爵家を乗っ取り、当主となるはずのリリアンナ嬢を虐げていたとウィリアム・リー・ペインから報告を受けたのを覚えている。
(ランディリックとしては相当腹に据えかねていたはずだ)
それを機に、ランディリックがリリアンナを保護し、守り育ててきたのだが、その申請を受理したのは他ならぬアレクト本人である。
(俺としてはあの男が私怨を呑み込んでセレノ殿下のため――ひいては我が国のために泥をかぶる形でダフネ嬢を養子にしたと思っていたのだが……)
それ自体が、ランディリックの策略だったのではないだろうか。
現に無爵位だったダフネは、ランディリックの養女となったことでライオール侯爵令嬢としての地位を獲得して王都に留まっている。
ダフネのやらかした件については、もちろんアレクトもウィリアムから報告を受けて知っている。
むしろ、知りたくなくても知ってしまったと言った方が正しいかもしれない。
セレノが王都へ潜入した際に起きた騒動の中心にいたのが、ほかならぬ彼女だったのだから。
(セレノ殿下は無実を訴えたが、証拠不十分でダフネの初めての相手はセレノ殿下ということになっているんだったよな……)
妃となる女性の処女性を重んじるマーロケリー国王室であっても、王太子自身が純潔を奪ったとされる令嬢となれば、無下には出来ない。
ランディリックは、なんの爵位も持たなかったダフネ・エレノア・ウールウォードに侯爵令嬢という肩書を与えた。
そのうえで今度は、ダフネ・エレノア・ライオールとして、リリアンナ嬢の身代わりにセレノ殿下へ差し出そうとしている。
「……あの男のやりそうなことだ」
今さらからくりが読めても、後の祭り。
ここまで完璧に固められてしまっては、アレクトとしてもダフネ嬢をセレノ殿下に推すしかないではないか。
アレクトは書状を机へ戻すと、小さく吐息を落としてから今度はセレノ・アルヴェイン・ノルディールから届いた親書を開いた。
コメント
2件
ランディリック、策士!(* ̄m ̄)
うわあ、ランディリックの戦略がじわじわ見えてきた展開、めっちゃ熱かった!アレクト視点で「やられた」ってなるのも納得だわ。外堀を完璧に埋めて、相手が選ぶしかない状況を作るあたり、さすが老獪な辺境伯って感じ。リリアンナを守るための執念がひしひし伝わってきて震えた🔥