テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
魔女に攫われた時、当時の蒼梧——ニアは、無力な子供でしかなかった。 一体何が起こっているのかわからなかった。
ただただ泣き叫ぶことしかできなかった。
しかし、半竜族の生存本能によるものであろう。
魔女の箒が、境界街の近くまで差し掛かった時——ニアの中で、眠っていた竜の力が目覚めた。
ニアは咆哮と共に、父親そっくりの竜へと変身を遂げたのだ。
「なっ——馬鹿な——この年齢で、もう変身を!?」
ニアを小脇に抱えていた魔女は、慌てて彼から距離を取った。
空中で体勢を整えようとする魔女に向かって、ニアは紅蓮の炎を吹きかけた。
「ぐうっ——こいつ——父親以上の——」
魔女は右の掌を前方に突き出し、見えない結界で必死に炎を凌いだ。
そして炎が途切れた瞬間を狙い、魔女は結界を解除した。
第二波が来る寸前に呪文を唱え、人差し指から魔法を飛ばす。
迸った真紅の稲妻が、ニアに直撃した。
それは、ニアを人間の姿へと変える呪いだった。
ニアは意識を失い、地上へと真っ逆さまに落下していった。
蛇に似た竜の姿が、空中で半竜族のそれへと変わる。
その姿が、更に人間へと近づく前に——ニアの小さな体は、真下を流れていた川の濁流へと飲み込まれた。
奇しくもこの時、川の底にはごく短時間だけ、次元の門が開いていた。
異界——つまり修や由宇の故郷である世界——で起こっていた水害の影響だろう。
ニアは渦へと飲み込まれ、次元を超えた。
おそらくそのままであれば、ニアはどこだかもわからぬ異界で溺れ死んでいたはずだ。
そんな彼に救いの手を差し出したのは、その地域の川で水神として崇められている河童達だった。
境の世界の川に棲む魚達は、基本的には次元の門に近寄ろうとはしない。
しかしごく稀に、うっかり渦へと吸い込まれてしまうものもいる。
河童達はそうした魚を捕食しては、外来種から自分達の川を守っていた。
変身の際に服が破れたため、その時のニアは裸だった。
頭の角は引っ込み、全身の鱗も消えていたが、肌はまだ緑色だった。
河童の子供達は気を失ったニアを、父親のところへとひっぱっていった。
「お父さん、僕らの仲間だよ」「ちょっと人間に似てるけど、肌が僕らと同じ色なんだ」「けれども、泳ぎ方を知らないみたい」「ねえねえ、助けてあげようよ」
しかし父親は、ニアを一瞥していった。
「この子は河童じゃないぞ。よく見てみろ」
父親の言葉通り、ニアの右半身は、既に人間のそれへと変化していた。
「どうやら普通の人間ではなさそうだが——それでもこの子は、間も無く完全に人間の姿になる。であればやはり、人間のところへ届けてやるのが一番だろう」
親子は透明な水へと姿を変えて、ニアを水害で浸水している住宅街まで運んだ。
「よし、この辺でいいか」
漂流物の積み上げられたガラクタの山の上にニアを横たえ、彼らは川へと去って行った。
それから少しして。
無事に中村夫妻に保護されたニアは「蒼梧」と名付けられ、彼らの息子として育てられることとなる。
魔女が蒼梧にかけた魔法は、焦りのせいもあって、完璧とは言えなかった。
弱体化こそしたものの、彼の運動神経や再生能力は、通常の人間を大きく上回っていた。
外見においても、蒼梧には人間とは明確に違う部分が一点あった。
臍だ。
半竜族には臍がない。
彼らは卵から孵るからだ。
魔女の呪いは、角を消し、鱗を消したが、臍を生じさせはしなかった。
何より厄介だったのは、守護霊の喪失だった。
蒼梧は正当な手順を踏まず、イレギュラーに生じた裂け目から次元を越境した。
そう——〝神隠し〟だ。
蒼梧はかつての磯田少年と同様、先祖の霊魂との繋がりを断ち切られてしまったのだ。
魔女の呪いが不完全なものだったのは、蒼梧にとって不幸中の幸いだった。
その規格外の運動神経によって、蒼梧は次第に、寄ってくる怪異の数々を自力で撃退できるようになっていった。
やがて蒼梧はひょんなことから、自らと同じく怪異に悩まされる少年——守谷修と知り合うこととなる。
修と親交を深めた蒼梧は、彼と共に、同級生の少女の為に魔女に立ち向かい。
鳥居の向こうに広がる故郷の気配に、眠っていた〝竜〟の血が目を覚まし。
——そうして物語は、現在へと舞い戻る。
「蒼梧さんが……半竜族……?」
オーマが呆然と呟くのを、蒼梧は同じく呆然としつつ聞いていた。
双子の片割れ。
逃したご馳走。
父親の仇。
様々なピースが、蒼梧の頭の中で次々にはまり始めた。
「それじゃあ——ナギは、俺の——」
記憶の断片が、脳裏を高速でフラッシュバックする。
自分に花冠を作ってくれた、幼いナギ、
家族で見た、虹色に輝く蛍、
魔女の変身した、漆黒の巨人、
黒炎に焼かれ、灰となった父——
気がつけば、蒼梧は大声で吠えていた。
それは、怒りの咆哮だった。
許せなかった。
目の前の魔女も——大切なことを忘れていた、自分自身も。
蒼梧の頭から角が生えはじめ、体中に血管が浮かびあがる。
(あと少しだ——あと少しで、この鎖を引きちぎれる!)
しかし。
「おおっと!」
そこまでの力を取り戻すのを、魔女は黙って待っていてはくれなかった。
魔女は蒼梧の髪を掴んだまま、もう片方の手の人差し指で、チョン、と蒼梧の額を突いた。
途端——蒼梧の変化がピタリと止まった。
「焦ってかけた不完全な呪いとはいえ、自力で内なる〝竜〟の封印を解くとは——やるじゃあないか」
そう言ってニヤリと笑うと——魔女は髪を掴んでいた手に力を込め、蒼梧の顔面を思い切り地面に叩きつけた。
「——ぐあっ!?」
「ひっひっひっ——もう一回魔法をかけなおさないとねえ。それとも、今度はもっと別の生き物にしてやろうか?鱗が懐かしいなら、イグアナなんてのはどうだい?ええ?」
「にしても、すっかりでっかく育っちまったねえ。こんなに筋張っちゃあ、食っても美味くないじゃあないか。ま、別に構わないけどね。それならそれで、別の遊び方をするまでさ。例えば、そうさねえ——」
魔女が楽しそうに喋り続けるのを、オーマは籠の中で、為す術もなく見つめていた。
蒼梧の腕や頬の一部はほんのり緑色に染まっているが、それ以上広がる気配はない。
蒼梧の半竜族への覚醒は期待できそうになかった。
おまけに、もう一人の半竜族——ナギの消息も不明なままだ。
(私が何とかしないと——でも、一体どうやって——?)
オーマが必死に頭を回転させていると、その回転中の頭に、誰かが直接語り掛けてきた。
『オーマ……オーマ……』
ビクリとして、周囲を見回す。
それは、聞き覚えのある少女の声だった。
「——由宇さん!?」
#怪異
阿炎快空
123
リユ
232
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
阿炎快空
111
コメント
1件
うわああああ第72話、重すぎる過去が一気に明かされた…!!😭💦 幼い蒼梧が竜に変身して魔女に立ち向かうシーン、めっちゃカッコよかったのにその後の展開が切なすぎる…河童親子の優しさにちょっとホッとしたけど、やっぱり魔女えぐいわ…!! 自分を取り戻しかけた蒼梧、また抑え込まれて無力感ヤバい…でも最後に由宇さんの声が!?ここからどう逆転するの!?次回が気になって仕方ない!!🔥📖