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夕暮れ時になると、境内の提灯にぽつぽつと橙色の火が灯り始めた。
「あ、雨が降ってきたー!」
子どもが買ったお面を頭にかざして走り去る。
凪がそっと手のひらをかざすと、冷たい雫がぽつりと落ちてきた。
「降ってきましたね」
あっという間に雨粒は大きくなり、激しい音を立て始める。
「あの社の軒下で雨宿りをしよう」
急いで社の軒下へ駆け込み、二人は肩を並べた。
「あまり濡れずに済みましたね。でも、止みますでしょうか」
「夕立だろう。しばらくすれば、すぐに止む」
凪は手に入れたキャラメルや、買ってもらった紙風船を嬉しそうに並べて眺めている。
静まり返った境内に響く雨の音が、将臣の耳には妙にうるさく聞こえた。何を話せばいいのか分からず、手持ち無沙汰に拳を握り直す。
無邪気な凪の横顔を見つめていると、先日、血を見て倒れかけた彼女の姿が脳裏をよぎった。
(あの現場は……慣れていない凪には衝撃が強すぎた……)
「凪」
「はい?」
凪が振り返る。
「……先日のような現場は、もう見なくていい。慣れていないお前が、無理についてくる必要はないからな」
将臣の言葉の意図を汲み取り、凪の表情がすっと引き締まった。
「……怖いです」
「え……?」
「皮膚を縫う音も、血の臭いも……本当は、全部怖いです」
凪の指先がかすかに震えていた。
「ですが……っ」
その震える手で、凪はぎゅっと自分の着物を握りしめた。
「将臣様をお助けしたいんです!」
まっすぐな、偽りのない瞳が将臣を射抜く。
「だから……どうかお手伝いをさせてください」
恐怖を必死に押し殺し、凪は精一杯の笑顔を向けた。
その瞬間、将臣の胸の奥で、心臓が壊れそうなほど強く跳ね上がった。
──軒端から滴る雨漏りが、凪の肩を濡らした。
将臣は考えるより先に手を伸ばし、凪の肩を抱き寄せた。
「あっ……あの、将臣様……?」
突然腕の中へ引き寄せられ、凪の顔が朱に染まる。
将臣自身、自分がなぜこんな行動に出たのか分からなかった。
「……濡れるだろ」
それだけを絞り出すのが精一杯だった。
腕の中にある凪の柔らかい温もりが、冷え切った自身の身体へじわりと染み込んでくる。
(……離したくない)
離さなければならない。そう思うのに、腕が動かない。
守らなければと思った。
怖い思いをさせたくないと思った。
けれど、それだけではない。
(俺は……凪に、触れていたいのか)
胸の奥が、激しく脈打つ。
腕の中の小さな身体を、もう一度だけ強く抱き寄せたい強い衝動。
──けれど将臣は、まだこの感情の名前を知らなかった。