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それから数日後、秋空が気持ちいいある日。
「兄上が仕事だから、買い物についてきてやるだけだからな」
賑やかな商店街を歩きながら、晴臣はぶっきらぼうに言った。
「将臣様も仕事が終われば来てくださるそうですよ。それまでお願いしますね」
凪は味噌屋で立ち止まり、並ぶ味噌樽を覗き込んだ。
「少し値は張りますが……将臣様は、この米麹味噌が好きなんです」
「ふーん。高い味噌じゃなくても、味なんて同じだろ」
「毎日食べるものだからこそ、美味しいものを召し上がってもらいたいんです。お仕事でお疲れですから」
晴臣は口を挟むのをやめ、凪の横顔をまじまじと見つめた。
(兄上のために……そこまで考えるのか)
晴臣は何も言わずに、凪の持つ重たい買い物籠を奪うように受け取った。
「晴臣さん。これ、どうぞ」
少し歩いたところで、凪が結菓子を差し出した。
「なんだよ。それ」
「結菓子というあんこ玉です。甘いものを食べると、気持ちがほぐれるでしょう? 将臣様も戦地でも食べてくれた菓子なのよ」
「ふーん……」
晴臣は何気なく受け取ると、手のひらの上の結菓子をじっと見つめた。
「……兄上は、戦争から帰ってきて、あまり喋らなくなった」
誰に聞かせるでもなく、晴臣はぽつりと呟いた。
凪は胸を締めつけられる。
「やはり……頬の傷のせいでしょうか」
「わからない。けど、その傷のせいで『冷たい軍医だ』って陰口を叩かれているのが、俺は許せないんだ」
凪は黙って話を聞いている。
「結丸だって……俺が拾って家に連れ帰ったとき、父上に怒られた。けど、兄上が代わりに看病してくれて……助かったんだ」
熱っぽく語る晴臣から、兄への尊敬が溢れ出ていた。
「晴臣さん……お兄様のこと、本当は大好きなのですね」
真っ直ぐに尋ねる凪に、晴臣は一瞬で顔を真っ赤にしてむっと眉を釣り上げた。
「あ、阿呆なことをいうな! 兄上とは釣り合わない家柄のくせに、調子に乗るな!」
大きな怒声が通りに響き、晴臣は肩で荒い息をする。
その時だった。
「……晴臣」
背中に、地響きのような低い声が降ってきた。
「私の妻を侮辱するな」
晴臣が弾かれたように振り返ると、そこには仕事を終えた将臣が仏頂面で立っていた。
「あっ兄上!」
晴臣は顔色を変え、一歩下がった。
将臣は不機嫌そうに晴臣の手から買い物籠を受け取った。
「買い物の代行はありがたいがな。お前も行くところがあるのだろう。行ってこい」
「お、おうっ」
気圧された晴臣は、逃げるようにその場から去っていった。
「将臣様、荷物をありがとうございます」
二人で並んで歩き出す。
「あと、どこを回るんだ?」
「はい。野菜を少し買おうと思いまして」
歩きながら、ふと簪屋の前で将臣の足がわずかに止まる。店先に並ぶ色鮮やかな簪へ、じっと目を向けた。
しかし──青果店で秋茄子を真剣に選ぶ凪を見て、小さく息をつく。
(簪は……今度でいいか。どれがいいのか、選べないな)
「やっぱり、ふっくらとしている茄子の方が美味しそうですよね」
真剣に尋ねる凪に、将臣はふっと心が温かくなる。
「どれがいいかは分からん。だが、凪が作れば、どんな茄子でも美味しくなるだろう」
つい、心の声が漏れてしまう。将臣が顔を赤らめ焦って顔を上げると、凪も頬を染めていた。
「で、では……これを買って帰りますね」