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36話 「夜明けの鐘」
鐘の音はまだ続いていた。
低く、重く、一定の間隔で――王都に住む者なら誰もが知っている、危険を知らせる音だ。
「非常事態……か」
俺は外套を羽織り、剣を腰に差す。
ミリアは弓を肩にかけ、ルーラも無言で後に続いた。
王都の騒ぎ
通りに出ると、人々が慌ただしく避難している。
衛兵の一人が叫ぶ。
「南門付近で魔物が出現! 商隊が襲われている!」
魔物か……だが、王都の外壁のすぐそばまで近づくなど滅多にない。
「行くぞ」
「はい!」ミリアが短く答える。
ルーラも何も言わないが、その手は服の裾をぎゅっと握りしめていた。
南門の戦況
現場に着くと、商隊の荷馬車が横転し、火を噴いていた。
その周囲には、二足で立つ狼型の魔物――シルバーフェングが三体。
大型犬ほどの体躯に銀色の毛並み、黄色い瞳がぎらついている。
「三体か……」
「一体ずつ引きつけます!」ミリアが弓を構える。
「俺は左だ」
矢が唸り、一本が魔物の右目に突き刺さる。
怒り狂ったシルバーフェングが突進してきたところを、俺は剣で受け流し、脇腹を斬り裂く。
戦闘の中の異変
残る二体が荷馬車の影へ回り込む。
そこには避難しきれなかった商人と……ルーラがいた。
「下がれ!」
俺が叫んだ瞬間、ルーラが両手を突き出す。
次の瞬間、地面から無数の蔓が伸び、魔物の脚を絡め取った。
まるで庭園で見せた植物の扱いの延長だが、これは明らかに魔法――それも高位の自然系魔法だ。
ミリアが矢でとどめを刺す間、ルーラは静かに手を下ろした。
だが、その顔は蒼白で、唇がかすかに震えていた。
戦闘後のやり取り
全ての魔物を倒し、負傷者の応急手当を終えると、衛兵が礼を述べた。
「助かった。あの銀毛の魔物……最近は滅多に見なかったが、何かの前触れかもしれん」
俺はルーラの方へ歩み寄る。
「……さっきのは何だ?」
「……覚えてない」
短い答えだが、嘘ではないように聞こえた。
ミリアは黙って俺を見るだけだった。
不穏な報告
その場にいた商人の一人が、何か思い出したように言った。
「そういえば……あの魔物、昔“銀眼の巫女”を狙ったって話があったな」
銀眼の巫女――その言葉が、頭の中に引っかかった。
俺の夢に現れた銀の瞳。そして、ルーラの瞳も……確かに、光の加減で銀に見える時がある。
商人は続ける。
「巫女は行方不明になったって話だが……」
そこで言葉を濁し、俺たちをじっと見た。
宿への帰還と決意
宿に戻ると、ルーラはすぐに部屋へ引きこもった。
俺とミリアは暖炉の前で座り込む。
「なあ……」ミリアが口を開く。
「ルーラ、ただの奴隷じゃない」
「わかってる。でも、本人が話すまでは……」
「……そうね」
火のはぜる音だけが、静かな部屋に響いた。
外ではまだ衛兵たちの足音が遠くで続いている。
王都に迫る何か――それが、ルーラの過去と繋がっているのは間違いない。