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第37章 「銀眼の影」
静かな朝
王都の鐘が鳴り終わってから、二日が経った。
南門の騒動は一応収束したものの、街の空気はどこかざわついている。
宿の食堂でミリアと朝食を取りながら、俺はつい外を見やった。
通りを行き交う人々の顔には、未だ緊張が残っている。
「……で、どうするの?」ミリアが口を開く。
「どうするって?」
「昨日の商人が言ってた“銀眼の巫女”。あれ、ただの噂話に聞こえた?」
「……いや」
短く答えると、ミリアはパンをちぎりながら視線を落とした。
「ルーラの瞳、時々光るの、気付いてるんでしょう」
「……ああ」
俺たちの間に言葉が落ちる。
だが肝心の本人は、この場にはいない。ルーラは朝から姿を見せず、自室にこもったままだ。
情報収集へ
昼前、ミリアと共に王都の裏通りへ出た。
この街に来てから幾度も通った、盗賊まがいの商人や情報屋が軒を連ねる区域。
今回の目的はただ一つ――銀眼の巫女についての情報だ。
「探すなら、あの爺さんだな」
ミリアが顎で指した先に、よれよれの外套を着た老人が腰掛けていた。
“骨拾いのダン”――裏通りの古株で、噂話にかけては王都随一の情報屋だ。
情報屋とのやり取り
「銀眼の巫女? ほぉ、懐かしい名だ」
老人は黄色く濁った目を細め、にやりと笑った。
「十年以上前の話だな。銀の瞳を持つ巫女がいてな、森の奥の神殿で祈っていた。だがある日を境に消息を絶った」
「消息を絶った?」俺が聞き返す。
「攫われたとも、国が隠したとも言われとる。だが一番有力なのは――魔王軍が動いたって噂だ」
背筋に冷たいものが走る。
ミリアが思わず声を荒げた。
「魔王軍……! それって、ただの作り話じゃないの?」
「さぁな。ただ――“銀眼の巫女は、次の災厄を封じる鍵”って言われてた。狙われてもおかしかないだろうよ」
俺は拳を握る。
ルーラのあの力。あの瞳。
偶然では済まないかもしれない。
不穏な影
会話の最中、視線を感じた。
路地の奥から、フードを被った男がこちらを見ている。
気付いた途端に背を向け、走り去った。
「尾行か!」
俺は立ち上がり、すぐに追いかけた。
王都の裏通りを駆け抜け、何度も角を曲がる。
だが男は素早く、影に紛れるように走っていく。
最後に飛び込んだのは、古びた倉庫だった。
小事件:倉庫での戦い
倉庫の扉を蹴破ると、中には三人の男がいた。
粗末な剣や棍棒を手に、こちらを待ち構えている。
「やれやれ……」
俺は剣を抜く。
ミリアが背後から弓を構えた。
一人目が突進してくる。
剣と剣がぶつかり、火花が散る。
俺は受け流して肩を叩き斬り、蹴り飛ばした。
二人目に向けてミリアの矢が飛び、肩口に突き刺さる。
呻きながらも立ち上がったその背後から、三人目が棍棒を振り下ろしてきた。
「っ……!」
咄嗟に剣を横薙ぎに振り、棍棒ごと弾き飛ばす。
相手は武器を落とし、怯んだ。
「俺たちはただの下っ端だ! 殺すな!」
残った男が叫ぶ。
「誰に命じられた!」俺は剣先を突き付ける。
「……南商会の連中だ。銀眼の子どもを探せって……」
南商会――裏で奴隷売買に手を染めていると噂される商人組織だ。
ルーラの存在に気付いているのか……?
ルーラの不安
宿に戻ると、ルーラが廊下に立っていた。
小さな肩が震えている。
「……聞こえた。外で全部……聞こえた」
その声はかすれていた。
「私、また……売られるの?」
胸が痛んだ。
思わずルーラの頭に手を置く。
「そんなことはさせない。お前はもう仲間だ」
ルーラは俯き、しばらく黙っていた。
やがて小さく呟く。
「……怖いの。あの時みたいに……」
「“あの時”?」
問いかけるが、ルーラは首を横に振り、部屋へ駆け込んでしまった。
夜の会話
その夜。
俺とミリアは窓辺に座り、王都の灯を見下ろしていた。
「南商会が動いてるなら、ルーラを狙ってるのは確実ね」
「……だろうな」
「でも、彼女自身が何かを隠してる。放っておくと危ないわ」
俺は黙り込む。
ルーラの震える声が耳から離れない。
守らなければ――それだけははっきりしている。
鐘の余韻
遠くで、また鐘が鳴った。
今度は短く、規則的に――市門の閉鎖を知らせる鐘だ。
夜が王都を包み込み、闇の中に不穏な影が広がっていく。
銀眼の巫女。
南商会。
そしてルーラの過去。
すべてが繋がり始めていた。
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