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【読切】短編集

4 - それだけはやめて!

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2025年09月19日

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『しわのばし 脱臭 ボックス』


それらの言葉で、スマホでネット検索を掛ければ、すぐに該当のものが一番上に出てきた。スマートクローゼット…へぇ…。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、…さんじゅうにまん?!


「元貴これ32万もするよ!? 超高級品じゃん!!」

「元貴にとっては、端金なんだろ」

「嫌なこと言うな。ちゃんと高いって言っただろ」


8月下旬、9月分のラジオ収録を終えて、僕たちはスタッフさん達と仕事部屋に集まって、しばしの休憩をもらっていた。

元貴と並んでソファーに座りながら、飲み物を貰ってぐだぐだとおしゃべりする。若井はソファー前に立って、腰に手を当てて飲み物を飲んで、離れたところで会話しているスタッフの様子を眺めていた。


「こんな…二、三着しか入らなさそうなクローゼットなのに…」

「いや、クローゼットとして使おうとしてないから。皺伸ばしだって言ってんだろ」

「でも、前買ったスチーマーだって割と俺が朝」


『スチーマーだって割と俺が朝、元貴の服も一緒にかけてる』


そう言おうとして、元貴に口を手で押さえられた。若井も口パクで『バカ』って言ってる。


そうだった。僕たちは同じマンションに三部屋借りてもらっているけれど、僕と元貴がほとんど一緒に暮らしている事は、三人だけの秘密だったんだ。僕は、少し離れたスタッフさん達をチラ、と見て、誰もこちらを気にしてない様子にホッとする。


「…アホ」

「あは、ごめんごめん」


元貴が呆れた顔をして、僕を窘める。僕は苦笑いで、誤魔化した。


「いやぁ、それで言うと、ラジオの若井凄かったね、流石だよ」

「どこがだよ、あんなおふざけ。電波で流しちゃダメだろ」

「『流石なのかい?! ダメなのかい?!』」

「「『どっちなんだい?!』」」


僕と若井が一緒に言って、ケラケラと笑う。元貴も眉を下げて、さっきの収録の思い出し笑いをしているようだ。


「まー、涼ちゃんのに比べたら、録れ高はあったわな」


元貴に、痛いところをグサッと刺された。わかってるよ、自分の時は全然盛り上がらなかったのなんて。若井みたいに元貴を楽しませたかったのに、実はちょっと、いやかなり、落ち込んでるんだから。


「二人はさ、なんかやっぱ、中学の休み時間ってこんな感じだったのかなってなるよね」


僕が、元貴と若井に向かって笑いながら言った。二人は、中学からの幼馴染で、僕には出せない、なんというか、空気感、みたいなのがあると思う。


「別に、あんなんじゃなかったけどな」


元貴がなんでもない風に言い放つ。


「いやあんな感じだろ、俺の小粋なギャグでいつも元貴笑わせてたじゃん」

「いや? 冷めてた冷めてた」

「おぉーい!」


やっぱり、二人のやり取りは、どこか幼い感じがして微笑ましくて、面白い。僕も一緒になって笑ってしまう。


「てゆーか、涼ちゃんの時は、元貴が悪かったよな、アレ」

「なんでよ」

「全然協力的じゃなかったやん。涼ちゃん困らせて」

「なんにも答えてくれなかったもんね、元貴。やっぱ俺だけのせいじゃないよね」

「いやいや涼ちゃんのMC力不足だよ」

「なぁんでよ!」




その日の打ち合わせやなんかの仕事を終えて、送迎車で三人ともマンションに送り届けてもらう。マンションの上層階、ワンフロアに三部屋しかないところが、僕らの家だ。角部屋が良い、との事で、元貴と若井が両端を、僕が真ん中の部屋を住処としている。


「んじゃ、おつかれー、おやすみ〜」


若井がひらひらと手を振って、自分の家へ入っていった。僕も、真ん中のドアを開けるべく、鍵を探しながら、元貴に挨拶をしようと振り向くと、その前に腕を後ろから掴まれた。


「なんで帰んの?」

「え? …いや、別に…」

「…ちょっと」


そのまま腕を引っ張られて、元貴の部屋の方へ連れて行かれる。

そのまま玄関に押し入れられて、元貴はさっさと家の中へ入ってしまった。僕も、靴を脱いで、元貴の部屋へと帰る。


「リョウカ〜、ただいまぁ〜」


リビング入ってすぐのケージに近寄り、尻尾を振りつつピョンピョンとケージの縁に脚を乗せて跳び続ける元貴のわんちゃんに声を掛ける。僕が、元貴のわんちゃんに思い付きで『リョウカ』と名付けさせてもらって、そのまま定着しているのだ。


「待っててね、手洗ってくるね〜」


洗面所で手洗いうがいを済ませてから、リョウカを抱き上げる。ふと、元貴はどこだ、と視線を彷徨わせると、早々にソファーに座っている元貴の頭が、後ろから見えた。

今日は、制作作業はなさそうだな、とその後ろ姿から推察する。リョウカのご飯やお水を用意してあげて、遊びを催促するリョウカの相手を、床に座ってしていた。

不意に、隣に元貴がしゃがみ込んでくる。


「…涼ちゃん、なんか落ち込んでる?」

「え…?」

「いや、一人になろうとしてたから…違う?」

「…う…うーん…」


僕は、リョウカが噛んで引っ張るおもちゃを握りながら、言葉を濁した。


「なに? …俺、なんかした?」

「ううん! 違う違う! 元貴じゃなくて…まぁ、いつもの、俺の、反省…みたいな」


元貴が、じっと見つめてくる。これは、反省の内容を言え、と言われてるんだろうな、と僕は察した。


「…ラジオでさ、二本立てのやつ。なんか、久しぶりにダメダメだったなぁ〜と思って。若井のベンはあんなに盛り上がったのに」

「やっぱり…!」


元貴が背中をバシッと叩く。

いった…。


「やめてよ涼ちゃん! ベンで落ち込まないでよ!」


元貴が床に座り込んで、ははは! と笑う。


「だって…元貴だってあんなに楽しそうでさ、若井ってすげーなぁーって思うじゃん」

「いやあいつはすごいよ。アレをやり切んのはマジですごいと思う。俺もできないもんあんなの」


ほら…。

僕は、リョウカにおもちゃを取られて空っぽの手を、組み合わせてイジる。


「でも、涼ちゃんの真っ直ぐなMCがあっての、ベンでしょ」

「え?」

「最初から若井がベンでめちゃくちゃしてても、あんな上手くいってないよ。涼ちゃんの、真面目で、俺に困らされてるやつがあってこそ、活きてると思うよ、あのベンは」

「…そう?」

「てかやめて、ベンを深掘りさせないで、俺に」


元貴は眉を下げてククッと笑う。僕も、なんだか真面目に話してたのが可笑しくなって、はは、と笑った。

リョウカがおもちゃをその辺に放ったらかして、僕の胡座に登ってきた。


「よしよし。お前も慰めてくれるのか、ありがとう〜。…元貴も、ありがと」

「ん。」


元貴が手を伸ばすので、リョウカを抱き上げて渡す。ちょっと拗ねた顔をして、リョウカを受け取り、元貴もリョウカを撫でる。


「…俺は、涼ちゃんが恋人な分、人前では若井を意識的に優遇してるから」


元貴が、ポツリと呟く。


「でも、それに傷付かないでね。んで、傷付いたら俺に言って」

「…うん、わかってるよ。…ごめんね」


元貴は、僕と付き合っていることで、僕と若井とのバランスにすごく気を遣って考えてくれている。それに気付かないほど馬鹿じゃないし、それに嫉妬するほどヤワでもない。けど、やっぱり時々は、胸がズキンと痛む時も、ある。この絶妙なバランスを、僕だって努力して守っていかないといけないのだ。

リョウカを抱っこして笑っている元貴の頬に、そっとキスをする。


「ごめんね、ボブのこと深掘りさせちゃって」

「…ボブなのかい? ベンなのかい?」

「「どっちなんだい?」」


二人でクスクスと笑う。僕たちの顔を見比べて、リョウカは首を傾げていた。










「…ところで、ホントに買うの? あの、スマートクローゼット」

「…涼ちゃんがね」

「…え。…それだけは、やめて」



ニヤリと笑って、元貴が僕に唇を重ねた。




















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