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――その日は、とても 静かだった。
誕生日のあと。
城の中は、まだ
甘いにおいがしていた。
「セラフィナ様、お散歩のお時間です」
「うん」
私は、リリアの手を引いて、
いつもの小さな庭へ向かう。
(今日は、いい日)
風が、やさしい。
花が、ゆれる。
「りりあ」
「はい?」
「みんな、やさしいね」
リリアは、少しだけ微笑んだ。
「……それは、セラフィナ様が
お優しいからですよ」
(そうかな)
私は、ベンチに座る。
リリアは、少し離れて、
お茶の準備をしていた。
クロウは――
(……いない)
珍しい。
でも。
(すぐ戻るかな)
その時だった。
――すぅ。
空気が、冷えた。
「……?」
胸の奥が、
ちくっと した。
(なに)
影が、伸びる。
足元に。
「……りりあ?」
返事が、ない。
振り返ると――
リリアが、立ったまま
動いていなかった。
「……?」
「だいじょぶ?」
近づこうとした瞬間。
――がしっ。
「……!」
口を、ふさがれた。
「――――」
声が、出ない。
視界が、暗くなる。
「……っ」
誰かの腕。
冷たい。
知らない匂い。
(だれ)
魔力が、
ぎゅっと 抑え込まれる。
(……うごけない)
「成功だ」
低い、知らない声。
「……魔王の娘」
「おい、はやく逃げるぞ」
「おう」
(……?)
何の話か、わからない。
ただ。
胸が、ぎゅっと なる。
(……くろう)
(ぱぱ)
意識が、
ゆっくり 遠のく。
* * *
「――セラフィナ様?」
リリアが、我に返った瞬間。
そこに、姫の姿はなかった。
「……?」
茶器が、床に落ちる。
「……ひ、姫様?」
声が、震える。
「クロウ様!!」
その叫びに、
最初に駆けつけたのは――
クロウ・フェルゼンだった。
「何があった」
「セラフィナ様が……」
リリアは、泣き崩れる。
「……消えました」
その瞬間。
クロウの中で、
何かが――
完全に、切れた。
「……全騎士に告ぐ」
声は、低く、冷たい。
「姫君が、攫われた」
「魔界全域、封鎖」
「――見つけ次第、排除する」
剣を、強く握る。
(……俺の、ミスだ)
(目を、離した)
城の奥。
魔王の玉座に、
不穏な魔力が渦巻く。
「……見つけろ」
魔王の声が、
魔界全土に響いた。
「生きていようが、
そうでなかろうが」
「――娘を、返せ」
その頃。
人間界。
ノエルとアルトは、
同時に胸を押さえた。
「……今の」
「……嫌な、感じがした」
二人は、まだ知らない。
世界が――
本気で、怒った
ということを。
そして。
五歳の姫は、
暗闇の中で――
まだ、眠っていた。