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「お前、まさか忘れたのか?こちらとしては都合がいいが…」
「あっ、いやいや、覚えてる覚えてる!」
ぼそりと呟かれた聞き捨てならない台詞に慌て、思わず嘘がまろび出た。ヘタクソな笑顔で誤魔化してはいるものの、本当は全然覚えて等いない。王族相手に恩だなんて…俺が忘れてるだけで、過去に会ったことがあるのだろうか。そこでフランチェスカが俺を好きになったと。なるほど確かに辻褄は合うが、しかし王族なんて印象深い相手をそうやすやすと忘れるものだろうか。自慢じゃないが、俺の記憶力には光るものがある。それがどうしてか思い出せない。
「…お前、やはり忘れているだろう」
「あー…あはは。うーん…」
目を泳がせながら笑う俺に胡乱な目を向けていたハルヴァルドは、やがてはっとその瞳を瞬かせた。
「なんだ、其処にあるじゃないか」
「…は」
意図の読めない言葉の後、ゆっくりと、しかし確実にこちらへと伸びてくるハルヴァルドの腕。デジャヴも何も無い筈のその光景に、いつかの景色が重なった。
「ーーーっ!」
考える間もなく体が勝手に動いていた。大きく鈍い音がしたと思ったら俺はフライパンを振りかざした後で、ハルヴァルドは伸ばしていた筈の手を抑えて蹲っていた。浅い呼吸を繰り返す内に段々と頭が冷えてきて現状を飲み込んでいく。
間違いなく、俺が王子様を殴っていた。しかもフライパンで、思いっきり。
冷や汗が全身の穴という穴から一斉にぶわりと吹き出してくるのを感じる。
「ごめ…いや、すみませ…」
今度は違う理由で息も絶え絶えになりながら、とりあえず謝ろうとはしてみる。しかし息も絶え絶えなので言葉が上手く紡げない。このままでは俺の首が!
「…いや、突然悪かった」
黙って俯いていたハルヴァルドは変わらぬ声色でぽつりと呟く。 すると突然彼の手元へきらきらと光が集まり出し、やがて彼は何事もなかったかの様にするりと立ち上がった。
「それが噂の男嫌いか。失念していた」
「えっ、いや、さっきのって…」
詠唱も何もなかったが、彼の指先には怪我一つどころか少しの腫れも残っていない。解呪に協力してくれると言うからてっきり鋼か植物魔法だと思い込んでいたが、違う。回復なんて芸当が出来るのはただ一つ、”光魔法”だけだ。
しかし光魔法に愛される魔術師なんてそうそう現れないものだから、俺も全く詳しくない。そのため事態がいまいち飲み込めない俺に、特に失望も嘲笑もせず当然の様に彼はさらりと答えた。
「私の魔力はフランの者達よりも心配性でな。過剰に護らないと約束した代わりに、怪我はなんでもすぐに治すようになってしまった」
それって半分不死身じゃないか。
「それよりお前。其処にお前の忘れた記憶は眠っている。そら、其処だ其処」
ぴっと指差すのは、またもや禁呪の刻印。
「解呪してやろうと思ったが…ふむ、ゆっくりならば男にも触れられそうか?」
「どうだか…やったことがねぇから」
「フランが解呪したのだろう?ならば出来る」
何故フランチェスカが解呪に協力したことを知っているのかは聞かないことにした。あいつがそうぽんぽん他人の秘密を話す訳がない。だとすると…世の中知らない方が良いこともある。
「ていうか、これ植物魔法と鋼魔法の術式だけど…あんた光魔法だろ?解呪出来るのか?」
そろそろと俺に近付いて来るハルヴァルドはその言葉を聞いてぽかんとしていた。あ、この表情は妹とよく似てる。…なんか嫌だ。
「光魔法は護りの魔法。内実は結界、回復、清浄等と攻撃魔法が一切無い…が、その代わりに護りという観点から見ると出来ることは他魔法に比べて非常に幅広い」
「…つまり?」
「解呪も、そこそこできるということだ」
そう言って俺の心臓にひたりと手を置く。少しだけ体が強張ったが、フランチェスカとだって出来た距離なのだ。大丈夫大丈夫…と精一杯の自己暗示をかけておく。でないと解呪中に震えが出てきてしまう。被解呪者が動いていると魔力回路がブレる…また魔力に当てられるのは避けたい。
「俺は光魔法にこれ以上なく愛された最高の魔術師だからな。俺の魔力を流されたとて、お前の少しの気分も悪くならないだろう」
すごい自信だが信じてしまう安心感がある。きっと彼にとっての事実しか話していないからだろう。
「が、しかしお前は特別だ」
「…ん?」
がしりと掴まれた手にぎりぎりと爪が食い込んでくる。いた、痛たたた。思わず見上げたハルヴァルドの顔には、ギラギラとした笑みが浮かんでいた。あ、やばい奴だどうしよう。
「せいぜい体調を崩して寝込むがいい!」
高らかに言い放った瞬間、ぶわりと体内を膨大な量の魔力が走り抜けていく感覚がした。
「ぐっ…」
ハルヴァルドが手を離したと同時に、目眩の赴くままぐらりと倒れ込む。フランチェスカのものよりかは軽いという点に上級者の余裕と優しさが垣間見えた気がするが、とは言え気持ち悪いものは気持ち悪い。
「何でわざわざこんなことを…」
「ふん、決まりきっているだろう」
そう言いつつ、手際よく俺をその辺の布でくるんでひょいと持ち上げる。どうやら部屋まで運んでくれるらしい。男嫌いの俺になんだかんだ配慮していたりと、やはり優しさが捨てきれていない。フランチェスカの兄である所以をまざまざ見せつけられている様な気がして複雑な気分だ。と、そこまで考えた辺りで急に限界が来た。
「婿イビリだ」
その声を最後に俺の意識は途切れた。