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魅了の魔女と皆の王子様

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魅了の魔女と皆の王子様

16 - 魔女は誰かの夢をみる

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2025年06月21日

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立てかけられた古びた鏡を覗き込めば、中に映る青年が重く息を吐いた。その黒い髪は長いばかりでボサボサだし、黄色い瞳はぎらぎらと変に鋭く輝いていて不気味だ。何度見たって嫌になる。

ひょろりと細長いその四肢で鏡から離れ、さっと籠を手に取る。魔導書と、小刀と、薬瓶と、安全な薬草達と…あと、林檎を一つ。籠の中に放り込んで、 扉を押し開け森の中へと歩き出す。細い獣道を辿って草木を掻き分ければ、あっという間に小さな花畑へと辿り着いた。

「あ、来た来た。おーい」

真ん中に居た少女がおもむろに立ち上がり、こちらに大きく手を振る。その黒い髪は風を受けてしなやかに揺れ、その紫の瞳は遠くからでも視線を掴んで離さない程の煌めきを秘めている。

「ごめんね、待たせたかな」

「いや?私はちっとも。でも、もう一人の方は待ちくたびれたかもね」

小走りで駆け寄ると、少女は意味ありげに隣に目配せした。その先では、フードを被った青年がその瞳を伏せて困った様に笑っている。

「もう…止めてくれ”オルタンシア”」

「あらあら、否定しないってことは…」

「オルタンシア!あぁ…違う違う、本当に全然気にしてないんだ。それに、僕が呪術を教えてもらう側なのだから…ね、”レオンス”?」

助けを求める様なその美しい”紅い”瞳に、心の何処かで小さな自分が耐えられないと絶叫する。でも、そんなことは悟らせない様に笑う。

「それを僕に言われてもなぁ…」

仲良く笑い合う二人はどこから見ても美しく、麗しい。きっと世界は二人を祝福し、二人に微笑みかけるだろう。あぁ…本当に、

憎たらしい程にお似合いだよ。

「レオンス?どうにもぼんやりしているが、大丈夫か?」

「…っ!あぁ、大丈夫だよ”メルフィン”。それより、風でフードが脱げそうだ」

意識を逸らせるためにそう指摘すると、彼は慌ててその柔らかな茶髪を再び布で覆い隠し、僕を見上げてバツの悪そうにはにかんだ。…僕の心なんて、露も知らずに。

嘘だよメルフィン。全然大丈夫なんかじゃない。

『メルフィンと恋人になった』

脳内に反芻するのはオルタンシアの声。

『…彼は、魔力持ちとは結ばれないよ』

それに反して僕の声は、思っていたよりもずっと固くて冷たいものだった。でも事実だ。ある日突然この花畑にやって来た彼は、紛うことなきグラナートゥムの王子様だった。如何に冷遇された王子だろうと、王族たる紅い瞳を守るために他の魔力が混じることは許されない。そもそもオルタンシアはいくら魔術師といえども生まれは男爵家だ。王族に嫁ぐにはあまりにも位が低すぎる。だからこれは、どちらにとっても一時の気の迷いでしかないんだ。その筈なんだ。

でも。

『結ばれることだけが幸せじゃないんだよ、レオンス。…お前にもいつか分かる筈さ』

でも、そう笑う彼女は間違いなく本物の愛を手に入れたという顔をしていて。だから僕は、何を言ったって無駄なのだとすぐに分かった。

『師匠から移ったその口の悪さ、彼に隠し切れるの?』なんて軽口を言ってみたって到底僕には届かない。

『ふん、余計なお世話だね。お前はせいぜい普通の幸せを掴むといいさ』なんて軽口を返されたって到底僕には掴めない。

冷遇された王子様はもう居ない。今や誰もが一目置く立派な王太子として、彼はグラナートゥムへと凱旋する。そしてオルタンシアは彼について行くつもりらしい。どうせ同じ場所には居られやしないのに、近くに居られるだけで十分だなんて言う。それでも二人は構わないのだと言う。それが僕にはどうしても分からない。僕は…僕は……。

依然心配そうに僕を覗き込んでいたメルフィンが、僕の籠の中を見てぱっと表情を輝かせた。

「あ、林檎!また持ってきてくれたの?」

昔の丸い口調に戻りつつ、彼は心底嬉しそうに笑う。 それを聞いたオルタンシアも、普段はあまり動かさない口角を微笑ましげに上げた。

「でもメルフィンって林檎、そんなに好きだったかしら?」

「好きだよ!だって二人共、林檎好きでしょう?だから僕も好きになったというか…あはは、面と向かって言うのはやっぱり気恥ずかしいな。ねぇレオンス、また兎の形に切ってほしいな」

年相応の振る舞いで無邪気に強請る彼の姿に、思わず彼の頬を掴んで思い切り引っ張った。

「い、いひゃいよれおんふ…!」

そう言う彼はされるがままで、僕にやり返そうともしない。オルタンシアも、僕がメルフィンに酷いことなんかしないと何の根拠もないというのに信じているものだから、止めようともしない。彼らの見えない優しさが、柔らかくも力強く僕の心臓を握り潰す。あぁもう、本当にお似合いだよ。

「…悔しいなぁ」

僕の方が先に彼女を好きになったのに。

僕の方が深く彼女を愛しているのに。

あぁ、メルフィン。優しすぎる程に優しくて、それでいてちょっぴり鈍臭くて、隣にいるだけで温かな気持ちにさせてくれる、僕達の友達。君なんて、君なんて…

「死んでしまえばいいのに」

大嫌いだよメルフィン。これまでも…そして、 これからも。僕からオルタンシアを奪うお前のことが、ずっとずぅっと、大嫌いだったよ。

彼女さえ悲しまなければ殺してやったのに。

嫌いだ…嫌い…嫌い嫌い嫌い大っ嫌い。

死んでしまえ、メルフィン。


はっとして瞼を開くと、寝ている間にかいたのだろう汗でシャツがぐっしょりと濡れて体に張り付いていた。その不快さを掻き消すほど全身がいやに冷えきっている。

重たい体で軋むベッドから下り、おもむろに窓を開ける。差し込む光は弱々しく、いつもならば聞こえてくる筈の鳥の鳴き声はしない。

ここまでお膳立てされておいてまだ分からない程、俺も馬鹿ではない。夢の中のいつかの誰かの記憶と、ハルヴァルドによって掘り起こされたいつかの俺の記憶。俺の中で十分完結した物語を、それでもしっかりと補完する必要があった。

フランチェスカと話さなくてはならない。

窓の外では冷たい風が吹き抜けていった。

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