「最近、元気ない?」
食後の洗い物を終えたすちは、テーブル越しにそっと尋ねた。
みことはお茶を飲みながら、いつも通りの笑顔を浮かべる。
「えっ? 元気だよ、全然!」
笑顔は、たしかに明るい。けれど、すちは見逃さなかった。
その声が少し掠れていること。
言葉の合間に小さな咳が混じること。
そして、何より――
(……さっき、洗面台に花びらが落ちてた)
掃除をしようと洗面所に入ったとき、見つけたのだ。
薄紅色の、どこか切ない香りをまとった花びら。
外から持ち込まれたとは思えないほど、しっとりと濡れていた。
誰もいないはずの洗面所。
それなのに、なぜ――?
「ねぇ、みこと」
「うん?」
「なんか……大事なこと、隠してない?」
その言葉に、みことの指がぴたりと止まる。
湯呑みを持つ手が、ほんの少し震えていた。
「……かくしてなんか、ないよ」
そう言った瞬間、喉の奥から「コッ」と短い咳が漏れた。
息を止めて、みことは慌てて口元を袖で押さえる。
「ほんとに、ちょっと喉が乾燥してるだけ」
「……病院、行ってみたら?」
「だいじょうぶ。だいじょうぶだよ」
それ以上は言わせないというように、みことは笑った。
あくまで無邪気に、あくまで明るく。
けれど、その笑顔がすちには、どこか――悲しそうに見えた。
夜、すちはひとりでリビングに残っていた。
テーブルの端には、食器を片づけるときに見つけた白い花びらが、そっと置かれている。
桜ではない。
すずらんのような、鈴の形をした小さな花。
触れると、ほんのり温かい。まるで、誰かの熱を帯びているようだった。
(みこと……もしかして……)
名前を呼ぶことすら、すちには今、躊躇われた。