テラーノベル
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頭を鈍器で殴られたような衝撃に体が震え、荒れた息を落ち着かせながら状況を整理する。だが、今ここで起きたことを思い出そうとしても、胸の奥に何かが引っかかるような不快感が残るだけで何ひとつ思い出せなかった。おかしいな、私、こんなに忘れっぽい性格じゃないはずだったのに。
「…なんでアイツの名前知ってんの」
石のように重く沈黙を押し通していると、不意にそう喋りかけられた。
痛む頭を押さえながら声の主へと視線を映した瞬間、その瞳に宿る黒の深さに息が止まりそうになる。ガラス玉のように大きかった彼の紫色の瞳はこちらを睨みつけるように細まれており、鼓膜に触れた声は酷く冷たくて「逃げなきゃ」と脳が警報を鳴り響かす。
それなのに、そんな思いとは反対に自身の体は思い通りに動いてくれず、縫い付けられたように彼から目を逸らすことが出来ない。
『ア、アイツって…誰ですか』
ようやく絞り出せた声を自身の耳で受け取りながら、背筋を定規のようにピンと伸ばす。そして、舌を跳ねる問いかけの声が僅かに震えていることを自覚した瞬間、息が喉に詰まって顔が破裂しそうなほどの圧迫感を感じた。
「あ?とぼけんな、今呼んでただろ。」
私の言葉に、イザナくんの表情がさらに鋭くなる。
「…オレだけを見てくれるって信じてたのに。○○の裏切り者。」
つい先ほど優しく微笑んでいたとは思えないほどの相手を射抜くような鋭い視線と声色に、体中の血が凍るような心地になる。
裏切り者だなんて言われても何に対してのことなのかが分からず、何も反論出来ない。
そもそもイザナくんに逆らったところで首を絞められるか、はたまた殴られるかのどれかだろうから期待できるような効果がある可能性は薄い。
溜め息をつきたくなる気持ちをグッと抑え、私はどうにか言葉を紡ごうと重い口を開く。
『あ、えっと……わたし、覚えてなくて』
今にも消えてしまいそうなほどに細く小さな声が汗と共に流れてくる。額の皮膚の上をとどめなく流れていく冷や汗たちは冷たい膜のようになって広がっていた。
そんな私を見つめるイザナくんの瞳は私の言葉を聞いた瞬間、僅かに和らぎ、険しかった眉がほんの少しだけ解けるように見えた。
「…なぁ、○○の彼氏ってだれ。○○が好きなのはだれ?」
何かを強く確認するように、彼はそう問いかけてくる。
すっと伸びてきた彼の細い指が私の首を這う。
失言してしまえばまた首を絞めるぞという意味なのだろう。もしかしたら喉を裂かれるのかもしれない。そんな普通ではありえないような恐怖に、無意識のうちに舌が彼の名を打つ。
「…そう、オレ。だからオレ以外のヤツの名前呼ぶなよ。」
「呼んだら殺す。オレのこと拒絶しても殺す。」
パッと私の首から腕を離し、今度は優しく頭を撫でてくるイザナくんに戸惑いながらも頷きを返す。そうすると張りつめていた空気とともに緊張がほどけ、体が楽になった。
『わ、私!ちょっとお風呂入ってきます!!』
居心地の悪い空気感にいたたまれなくなり、それだけを吐き捨てるように告げると、私はイザナくんから目を逸らして「まだ朝だぞ」という彼のツッコミを背に一目散に部屋へと飛び出た。
風呂場の扉を静かに閉め、音も光も遮断された静寂の中で、私はそっと細い吐息をこぼした。
まだ自身の首には喉を絞めつけられたあの異物感が色濃く残っている。その異物感に、本当に私はあの時殺されそうになったのだということを再度理解した。
『……っ!』
その瞬間、限界を迎えたかのように呼吸が一気に浅くなる。膝が笑い、身体が勝手に床へと崩れ落ちた。そんな自分の体を支える手の平は冷たく、熱くなった思考はそれを心地よく感じる。
怖い。何も考えたくない。そんな恐怖の感情に、息を整えることしかできなかった。
─…そうしていると、不意に一つの引き出しが視界に映った。
途端、あの時のイザナくんの言葉が蘇る。
──洗面所の引き出しは絶対に開けないこと
彼はこの引き出しを開けるなと言った。理由は教えてくれない。ただ開けるなとだけ。
当然今まで気になったことはあったが、開けたことも引き出しに触れたこともない。家主に開けるなと言われたのならそれに従うのが常識だと思ったし、何だか少し怖かったから。
だけど、やはり気になるものは気になるし、理由のわからないものを納得するのは難しい。
そう考えていくと、不意に私自身の中に眠っていた好奇心がもぞりと動き出した。
好奇心と興味、そしていつも何かと理由をつけて…いや、言い訳をして私を縛り付けてくるイザナくんへの反抗心。そんな思いが膨らんでいき、気持ちが揺らぐ。
その瞬間、また「開けるな」と言うイザナくんの声が頭の深いところで鈍く反響した。だがそれと同時に、私の手は取っ手に触れていた。こつんと爪が固い金具に当たる細かな音が鼓膜に響き、心のどこかをチクリと刺す。
それと同時に指先を伝って自身の全身に謎の震えが走った。まるで何かを試されているかのような、そんな緊張感に息をのむ。だけど私は段々と大きくなっていく好奇心に動かされるままそれを無視して、「すぐに閉じれば大丈夫」「少し確認するだけ」と、と心の中で何度も唱えながらゆっくりと指に力を込めた。引き出しがじわりと動く。すると、アルミホイルを破くときに似たあのクシャリという音が引き出しを引く動作に合わせて私の耳に届いた。
『…なにこれ』
その音の先には、予想していたものよりも一回りほど小さく、幼い子供が好みそうな白いラムネのような物体がアルミ箔に包まれ、無害そうに並んでいた。
てっきりあのイザナくんのことだからナイフか銃でも出てくるのではと身構えていた気持ちが謎の粒一つで呆気なく萎んでいき、肩の力が抜けていく。
─…なんだろう、これ。ラムネ…いや違うな。何かの薬みたいだけど……
手を伸ばした、その瞬間。
「何してんの」
低クオでごめんね
久しぶりに書いたから書き方忘れた
コメント
12件
初コメ失礼します!!!! 雰囲気好きすぎます🫶🏻︎💖 即ブックマークしました🙂
うわー やっぱ このどろどろ感?? くろてゃがかく どろどろ 優勝すぎる 🥇 続きたのしみにしてるね ❕
バレちゃった!? 頑張れ!夢主ちゃん!