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第4話「ゆいなの事」
「お前、喧嘩売ってんの?」
画面にそう返ってきた瞬間、空気が一瞬にして凍りついた。画面の向こうの言葉が、まるで目の前で刺さったみたいに胸に響く。理由がわからない。なんでそんな言い方をしたのか、どうして自分に冷たいのか、理解できない気持ちが先に立った。
通知に続けて、同級生から別のメッセージが届いた。
『ちなみに、ゆいな今グレてるから気をつけてな!でもお前って分かったら優しくなると思うよー』
「グレてる……」
その一言で、祐介の心は少し固くなる。けれど「分かったら優しくなる」という言葉に、どこか救われるものもあった。期待がふくらむ。
祐介は迷わず送った。
「俺、中田祐介だよ」
しばらくして返ってきた文字は、少し驚いた顔文字と一緒に――
「え、??祐介???」
胸の奥がじんと熱くなる。彼女の反応はすぐに続き、短いやり取りが続いた。
祐介がふわりと送った「うん、やっとだね、」に対して、彼女は「会いたい。」とだけ返した。
急な誘いに驚きながらも、祐介は即答した。
「今日、会える?」
「いつもの公園で」
約束はあっさり決まった。五時間後、同じ公園――かつて四人で遊んだはずの場所で、祐介は緊張と期待を抱えて待っていた。
夕暮れが滑り込む公園。ブランコはかすかに軋み、葉の影がゆっくり伸びる。ベンチの上、祐介は足先を組み替えながら彼女の姿を探していた。遠くから見えたのは、少し背の高くなった女の子の輪郭。服装は昔と違って、どこか強さをまとっている。髪の色や切り方が変わって、昔の面影とは別の「今のゆいな」だった。
彼女が近づいてきた。目が合った瞬間、ゆいなは肩を震わせ、言葉にならない音を漏らしたかと思うと、祐介に飛び込むように抱きついた。思いがけない感触に、祐介の体中の筋肉が一瞬にしてほぐれる。
「あんた、ずっとなにしてんのよ、バカ!」
声は震え、顔は泣き腫らしている。笑いと怒りと悲しみがごちゃ混ぜになったその吐露に、祐介も知らず涙がこぼれてきた。覚えていないのに、涙が出る不思議。
「ごめん、俺、君のこと覚えてない。けど、なんか懐かしい」
祐介は震える声で言った。言葉の端に申し訳なさが滲む。
ゆいなはそれを聞くと、ほんの少し力をこめて彼の肩をぱん、とたたいた。殴るというより、叱咤の中に愛情が混ざった動作だった。
「バカっっ、なんで覚えてないのよ。あんたのこと大好きだったのよ、私。」
その言葉に祐介は一瞬、言葉を失う。
「友達的に?それとも……恋愛的に?」
彼は恐る恐る訊ねた。胸の奥の何かが、答えを待っているようで。
ゆいなは真剣な顔で少し間を置いたあと、きっぱり言った。
「恋愛的に、じゃない。」
祐介は肩の力が抜ける。安堵のような、しかしどこか切ない気持ちが入り交じる。ゆいなのその言葉は、幼い頃に共有していた確かな近さを示していた――恋ではなく、深い友愛。
その後は、時間がうずまきのように巻き戻るように会話が続いた。祐介の質問は止まらない。
「どうしていままで連絡取らなかったの?」「あの頃、何してたの?」「“グレた”ってどういうこと?」
ゆいなは最初こそぶっきらぼうに答えたが、だんだんと表情が柔らかくなっていった。口が滑るように、子供の頃の思い出を次々と紡ぐ。
秘密基地で夜まで遊んで、泥まみれで帰ったこと。
雨の日に男子二人が決死の覚悟で屋根の下まで傘を運んでくれたこと。
幼い喧嘩のあと、みんなで無言で抱き合って泣いたこと。
「絶対また会おう」と本気で誓い合ったこと。
祐介の中で断片が光る。匂い、声、手の感触――完全な輪郭にはまだならないけれど、確かな温度が戻ってきた。ゆいなの声や仕草が、過去と今をつなぐ橋になっていく。
日が暮れて、街灯がともり始める頃、ゆいなは少し躊躇してから切り出した。
「私ね、海斗とは今でも連絡取れるんだ。ほら、藤川海斗。見つけたらしいよ、うちの同級生が。で、もしよかったら……今度、3人で会わない?」
祐介の胸が一気に跳ね上がった。海斗の名前。写真の中の、あの顔。彼が想像していた“他の一人”の存在が現実味を帯びる。期待と不安が混ざった何かが、胸の中でぐるぐると渦を巻く。
「もちろん!!」
祐介は大きく頷いた。言葉は自然に出て、彼の目は真っ直ぐゆいなを見つめていた。少し震えたが、確信めいた気持ちが彼を支えていた。
二人は約束を固め、別れ際にぎゅっともう一度手を握った。ゆいなの掌は温かく、昔と同じ匂いはしないけれど、確かな居場所を感じさせた。
祐介は帰り道、胸が高鳴るのを抑えられず、空を見上げた。夕暮れの色が頬をほんのり焼く。
――次は、海斗と会う日だ。
期待と不安と暖かさを抱えて、祐介は歩き出した。
――――5話に続く