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遥の家は、最初から「暴力がある場所」だったわけじゃない。
最初は、“望まれない存在”として引き取られた幼児だった。
愛人の子で、引き取られた瞬間から「義母と義兄姉たち」にとっては異物だった。
生まれながらに“許されていない”存在だった。
「あんたのせいで、この家めちゃくちゃなのよ」
「ほんと邪魔。いなければよかったのに」
「“あの人”があんたに金かけてるせいで、私たちがどれだけ我慢してると思う?」
「汚い血」
その言葉は、殴られるよりも先に植えつけられた。
ごはんがない日があった。
寝る場所がなかった。
下着がない日も、着替えがない日もあった。
それを訴えようとすると、兄に笑われ、姉に怒鳴られ、義母に張り倒された。
そして──
「おまえが泣いたから、機嫌が悪くなった」
「おまえが見てたから、手が出た」
「おまえが反抗したから、余計にひどくなった」
いつも、「おまえが原因」だった。
暴力は突然ではない。
“選択”の結果だと教えられる。
「泣くから」「望んだから」「拒まなかったから」。
すべて、遥が悪い。
それが遥の倫理観の根幹を捻じ曲げた。
だから──
「優しさを欲した瞬間、誰かを傷つける」
「笑ったら、誰かの怒りを誘う」
「手を伸ばしたら、何かが壊れる」
この世界で、遥の存在は“地雷”だった。
彼がなにかを「望む」ことで、誰かが“正当な怒り”を向けてくる。
そこに理屈なんかない。ただ、ずっとそうだった。
学校は、安全な場所ではなかった。
むしろ──
「家よりもきちんと遥を痛めつける仕組みが整っていた」。
義兄たちが同じ学校にいた。
弟も、姉もいた。
先生も、家の事情を知っていた。
でも、誰も何もしなかった。
男子生徒は、遥をおもちゃにした。
からかいから始まり、押しつけ、暴力、嘲笑。
女子生徒は、「気持ち悪い」と視線を逸らした。
中学では、「奴隷」という呼称が定着した。
一日一回、いじめゲーム。
それは、制度のようにクラスで共有されていた。
先生は見て見ぬふり。
むしろ叱られるのは遥だった。
「君がもっと明るければ、変わったかもしれないのに」
「そういう目で見られるの、自分でもわかってるよね?」
性を暗示するような言葉、押しつけられる役割、身体への干渉。
それでも「嫌だ」と言えなかった。
──だって、それは「自分が望んだこと」なのかもしれないから。
あの日、日下部が目を逸らした。
そのときの顔を、遥はいまだに忘れられない。
「関わりたくない」「見なかったことにしたい」
──その沈黙こそ、遥の中に最も深く突き刺さっている。
「助けてほしい」と思った瞬間、壊れる。
だから、言えない。
だから、笑えない。
だから、ただ「無」でいる。
今の遥にとって、感情は加害だ。
愛しさ、哀しみ、怒り、救い──すべてが「罪」として脳内で変換される。
そして、その根源にはこうした刷り込みがある。
「自分が壊れている」のではない、 「自分が誰かを壊す存在」なのだ。
「壊された」のではなく、 「壊れるような選択をした自分が悪い」
だから──
優しさを見せる人間が苦しい
好意が、最も重い暴力に感じられる
「助けたい」と言われるたび、「壊した」と思う
※この“倫理の歪み”は、常識ではたどり着けない場所にある。
そして日下部は「それが分からないこと」に苦しみ続ける。
遥もまた「分かられたら嫌悪される」と怯え、近づけなくなる。