テラーノベル
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夕暮れが終わって、夜になって、それでもまだ、遥は帰ってこなかった。
ただ、学校にも、家にも。
どこにいたのか、自分でもよく分からない。
ただ、誰にも見つからない場所で、ひたすら時間が過ぎるのを待っていた。
風が吹くたび、制服の裾がはためいた。
喉がひりついても、水を飲む気にもならなかった。
誰にも、会いたくなかった。
日下部にも──
いや、日下部こそ、いちばん見られたくなかった。
「おまえのこと、見てて痛いよ」
「もっと、頼ってほしい。俺、助けたい」
そんなふうに言った彼の顔が、頭の中で何度も再生された。
そして、そのたびに、遥の胸の奥が軋んだ。
──あれは、優しさなんかじゃなかった。
──違う、違う、違う。
それを信じたら、きっと、また壊す。
助けてほしいって思ったら、壊れる。
昔から、そうだった。
玲央菜に「寒い」と言った夜、遥は階段から突き落とされた。
沙耶香に泣きついたら、次の日に下着を全部燃やされた。
晃司に声をかけられたから、頷いた──そしたら、殴られた。
義母に笑いかけたら、台所の皿が飛んできた。
それを、家族はみんな口をそろえて言った。
「おまえがそんな顔したから、機嫌悪くなったんだよ」
「期待するなよ。調子に乗るな」
「望むな」って言われてきた。
だから。
日下部に優しくされて、救おうとされて。
遥の中では、違う声が、叫んでいた。
──俺のせいだ。
──だって、欲しかった。
──笑ってほしかったし、抱きしめてほしかった。
それを願った瞬間に、もう加害だったんだ。
欲しがったから、近づいた。
近づいたから、壊した。
壊したから、こうなった。
自分のせいで、誰かが傷つく。
自分のせいで、壊れていく。
なら、いっそ──何もいらなければよかった。
それでも、声が出そうになる。
手を伸ばしたくなる。
それが、いちばん怖い。
「……日下部の声が、苦しいくらい優しかった」
「だから、思った。今度こそ、俺が壊すんだろうな、って」
蓮司の指が触れたとき、遥は何も言わなかった。
その手が冷たいか熱いかも分からないまま、ただ受け入れた。
それが「罰」だと信じていたから。
「望んだこと」の代償を、ちゃんと払わなきゃって思ったから。
蓮司に犯されながら、遥は目を閉じた。
頭の中には、日下部の顔が浮かんでいた。
だけど、罪悪感で濁って、もう輪郭も曖昧だった。
「ごめん……俺が、欲しがったせいで」
「また、壊れてく……」
誰の声かも分からない独白が、喉の奥で泡立って、
それでも遥は、何も言わなかった。
黙って、沈んでいくのが、いちばん楽だった。
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