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その夜、電気をつけたまま布団に入った僕は、眠気に逆らいながら目を閉じていた。心の中では、「大丈夫、大丈夫」と何度も唱えていたが、安心にはほど遠かった。
夜中──再び、足音が始まった。
今度は階段の軋む音に加えて、かすかな鼻歌のようなものが混じっていた。低く、湿った声で「ふふふん…」と何かの旋律を繰り返している。はっきり聞こえるわけではないのに、耳の奥に直接届くような、不快な響き。
そして、またあのノックの音。
「コツ、コツ……コツ」
だが今度は、間を空けずに4回目が続いた。
「コツ」
その瞬間、僕のスマホが震えた。画面には通知も着信もない。ただ、ただ震えただけ。そして──部屋の片隅から、かすれた“声”がした。
「……どうして逃げたの?」
耳元で囁かれたような錯覚に、僕は飛び起きた。部屋のどこにも人の姿はない。でも、確かに聞こえた。帽子を被った“誰か”の声。低く、寂しげで、怒りとも悲しみともつかない声。
その声に反応するように、机の上に置いていたお守りが「カラン」と音を立てて落ちた。拾い上げようと手を伸ばした瞬間、僕は机の引き出しが少し開いていることに気づいた。何かが挟まっている。引っ張り出してみると、それは一枚の写真だった。
知らない風景。霧のかかった森の中、ポツンと立っている人影。帽子を被って、こちらに背を向けている。
「誰だよ…これ…」
すると、写真の裏に、細い字でこう書かれていた。
「まだ一人で行かないで」
その言葉を見た瞬間、背中に氷を流し込まれたような寒気が走った。
──この写真はいつから、ここにあったんだ?
──なぜ僕の部屋の引き出しに?
恐怖がピークに達した時、再び声がした。
「……つれてって」
小さく、しかし確かに。
僕は、お守りを強く握りしめながら、次の日、神社へ向かう決意をした。
このままでは、僕は“あの誰か”に連れて行かれる。そんな確信があった。