武士は貴族の側近として務め、外出時に護衛をしたり、戦へ出て貴族の地位を守る。
紘貴は、今日から仕えることになった貴族の屋敷へ訪れており、 門の前へ行くと侍従が立っている。
「お前が武士か。お前には基本的に澪蔦様のそばに仕えてもらう。」
案内された部屋には若い貴族の少年がいた。
今日は歌合せがあるようで、紘貴は貴族たちが集まっているそばで警備をしていた。
貴族が一人ずつ詩を詠んでいき、ついに澪蔦の詠む番が回ってくる。澪蔦は才気あふれる詩人であり宮中の中でも注目の存在だったので、普段は詩に無関心な紘貴も少し楽しみな気持ちが湧いていた。
【なにゆゑに たまゆら夢を 追ふわれを 風のこころで 笑みたまふや】
澪蔦が詩を詠むと貴族たちはとても称賛する。そのすぐ側にいた紘貴もつられて
「素晴らしい詩だ…」
と口にすると、それに気がついた澪蔦は少し頬を染めていた。
月明かりが静かな庭に差し込む晩、紘貴は仕事を終えた後ふと、庭へ足を運んだ。その手には普段握る剣のように美しい筆が握られていた。
「紘貴、貴方もまた、こういう夜に詩を詠んだりするのですか?」
詩を考えていると、ふいに声がかかった。その声に振り向くと澪蔦が立っていた。普段は烏帽子を身につけているのに対し、くつろぐ服装をしているので下ろした黒髪が月に照らされ、とても神々しい存在に感じる。
紘貴は少し驚いた様子で答えた。「今日の歌合せの澪蔦の詩にすごく感動したから私も詠んでみたくなった」
澪蔦は微笑んだ。「そうですか、それならもしよければ、私の詩を聞いてください。今夜は月がこんなにも美しい夜なのですから、言葉を交わすのもよいでしょう」
澪蔦はしばらく黙った後、やがて一息つき、静かな声で詩を詠み始めた。
【月よ 照らせ 私の心の中を 眠りし者の夢に 優しき光を】
その詩は紘貴の心に静かに響いた。その詩が持つ静かさと力強さに、彼はしばらく言葉を失っていた。彼の目の前に立つ澪蔦の姿が月に照らされ一層美しく輝くように感じられた。
「澪蔦、お前の詩には…力がある」紘貴はそう呟いた。
澪蔦は少し驚いたように目を見開くが、すぐにその視線を柔らかくした。「力…ですか。ありがたく受け取ります。ですが、私にはまだ詩の力が足りていないように思います。」
紘貴は深く考え込む。「詩に力がないなどという事はない。お前の詩には、何か…魂が宿っているような気がする。 」
澪蔦は目を伏せ、頬を染めた。「そんなことを言われると、照れますね。ではまた私とこの庭で一緒に詩を詠んでくれますか?」
紘貴はしばらく黙っていたが、やがて頷いた。
「もちろんだ。お前の詩を聞くことは、私にとっても楽しみだ。」
その瞬間、二人の間に言葉では言い表せない何かが流れた。紘貴はその感覚を拒否なく感じ取りながら、心の中で何かが変わったような気がした。
コメント
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え、うわぁぁあ私の妄想が採用されてるじゃないですか!!ストーリーもイラストも本当に最高です…😇