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桜の花弁は風に舞いながら宙に漂い
やがて一枚一枚が鋭い刃となって
散弾のように弾けた。
刃となった花弁は
男達の腕や胸を裂き
銃をその手から叩き落としながら
鮮やかな紅の軌跡を描く。
次の瞬間
桜の木の枝が蠢き
地を這うようにして
一斉に男達へと伸び
容赦なく絡みついた。
「う、ぁ⋯っ、ぐぅ……!」
声すら満足に発せない。
幾筋もの蔓が
しなやかに男達の喉を締め上げ
舌を塞ぎ
口の奥深くへと入り込んだ。
藻掻く身体に
枝と蔓はさらに深く絡み
ついには鋭く尖った先端が肉を穿ち
骨を突き破った。
肉の裂ける鈍い音が幾度も響き
鮮血が土へと染み込む。
その血を吸い上げた蔓や枝は
やがて一本の桜の木となり
紅く染まった花を咲かせた。
先程まで男達が立っていた場所には
数本の新しい桜の木が根を張り
濡れた花弁が
はらはらと舞い落ちていた。
時也は、静かにその木々を見つめる。
まるで
其処に穢れそのものが
根を下ろしたかのように
嫌悪を滲ませた目で。
「⋯⋯ふぅ」
藍色の着物の袖口から煙草を取り出し
静かに火を点ける。
紫煙が細く立ち上り
漂う血の匂いを
僅かに薄めるようだった。
指先で煙草の灰を落としながら
時也は桜の木々を一瞥し
その場に背を向けた。
一方、リビングの窓の外に
レイチェルは時也の姿を見つけ
急いで裏庭へと向かった。
焦るように裏口から庭へ
回り込んだ彼女の目に映ったのは
桜の木々の並ぶ静かな景色と
その中に立つ時也の後ろ姿だった。
藍色の着物を揺らし
煙草の煙を燻らせる時也は
いつもの穏やかな彼とは
まるで違った雰囲気を纏っていた。
どこか妖艶で
危うささえ感じる佇まい。
(⋯⋯時也さんも、煙草を吸うんだ)
立ち上る煙が
時也の輪郭を滲ませ
その静かな姿に
レイチェルはしばし目を奪われた。
「⋯⋯おや?
お疲れ様です、レイチェルさん」
不意に時也が振り返る。
その声はいつもの朗らかな調子で
温かみのある笑顔さえ浮かべていた。
レイチェルは咄嗟に声を返した。
「あれ?お客様は?」
時也は
咥えた煙草の先を見つめるように
視線を落とし
紫煙を細く吐き出してから
穏やかな声で答えた。
「病院に行かれるとの事でした。
でも⋯⋯
もう二度と、
お店には訪れて頂けないでしょうね」
何気ない言葉のようだったが
その最後の一言に
レイチェルの背筋は僅かに粟立った。
穏やかな表情の奥に
言い知れぬ冷ややかさが
見えた気がした。
(⋯⋯ん?
裏庭の桜って⋯こんなにあったかしら?)
風が吹き
紅に染まった花弁が
ふわりと宙を舞った。
夕闇に染まり始めた空に
煙と花弁が静かに溶けていった。
煙草の煙が細く宙に溶けていく中
時也は深く紫煙を吐き出した。
煙が漂い
淡紅色の桜の花弁が
ふわりと宙を舞う。
僅かに湿った土の匂いが
ひんやりとした空気に混じって漂っていた。
「最後の客も帰ったぜ」
不意に響いた低い声に
時也はゆるりと目を細めた。
喫茶 桜の裏庭に
ソーレンが斧を肩に担ぎながら現れた。
刃は鈍く光を反射し、
木々の影に揺れるその姿が
妙に不穏だった。
「ありがとうございます
ソーレンさん。
では、よろしくお願いいたしますね」
時也は再び煙草を唇に挟み
ひと息吸い込むと
灰を指で払った。
その口元には
穏やかな笑みが浮かんでいたが
何処か冷えた気配が漂っていた。
ソーレンは短く
「おう」と頷くと
肩から斧を滑らせ
重たい刃を握り直した。
そして、斧を大きく振りかぶり
何の躊躇もなく
目の前の桜の幹に打ち下ろした。
「えっ?
この桜、伐採しちゃうんですか?」
カシンッ──。
鋭い音が響き
幹に深々と食い込んだ刃が
木を震わせ
淡紅色の花びらを散らせる。
レイチェルは驚いた声を上げ
桜の枝を見上げた。
「ええ。
この木はもう⋯⋯
美しく咲けないので
冬の暖炉の薪になってもらうんですよ」
淡々とした時也の声は
何処か遠くを見つめるようだった。
ソーレンは再び斧を持ち直し
さらに力強く振り下ろした。
刃が幹を抉り
今度はねっとりとした
赤い樹液がゆっくりと流れ出した。
レイチェルは、ぎょっとした。
(まるで⋯⋯血みたい?)
「⋯⋯病気の木、だったのかな。
十分にまだ
綺麗だと思うんだけどなぁ⋯⋯」
呟いた言葉は誰にも届かず
ソーレンはさらに斧を振り続ける。
鋭い打撃音と共に
桜の木が呻くように軋んだ。
淡紅色の花弁がはらはらと散り
まるで血の滴のように
土に降り積もっていく。
最後の一撃で
幹が裂ける音が響いた。
桜の木はゆっくりと傾き
そのまま土の上に横たわった。
花弁が乱れ舞い
紅く染まった樹液が
根元からじわりと広がる。
「ふぅ⋯⋯」
ソーレンが斧を肩に戻し
時也が静かに煙を吐き出す。
「⋯⋯これで、一安心ですね」
時也の声は穏やかだったが
何処か冷たく、乾いていた。
燃え残った煙草を
アスファルトに押し付け
静かに踏み消す。
風が吹き
紅く染まった花弁が一枚
時也の肩に舞い落ちた。
彼はそれに気付くと
そっと指で摘み上げた。
「⋯⋯穢らわしい」
囁くように呟いた時也の声に
レイチェルは背筋が粟立つのを感じた。