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メイドさんたちの部屋に行くと、キャスリーンさんは静かな寝息を立てて眠っていた。
改めて、具合を鑑定をしてみると――
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【状態異常】
貧血(小)
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……という感じだった。
混乱と恐慌が無くなって、貧血も程度が良くなった……というところかな。
寝ているときに見る夢は、記憶を整理するときに生まれる映像――
そんな話をどこかで聞いた覚えがある。
それがどこまで正しいのかは分からないけど、眠ることで混乱や恐慌が消化できているのはひとまず良いことだ。
少し除けられた毛布を掛け直してから、さてどうしたものかと考える。
キャスリーンさんが起きていればお粥を食べてもらおうと思っていたけど、寝ているところを起こしてしまっても良いものか。
もしかして、もう少し寝ていれば貧血も良くなるかもしれないし……。
彼女の額に手を当ててみると、特に熱もなく、柔らかな体温が伝わってきた。
……そういえば私も、エミリアさんには何回も看病されたものだ。
疫病やらスキルの反動やら、何というか私は結構コロコロ倒れてしまうから、いつも迷惑を掛けてしまっている。
でも、最近はエミリアさんがいるから安心して倒れられる……そんなところもあったりして。
いや、こんなことを言ってしまうと怒られるだろうから、これはこっそり心に秘めておこう。
「んん……」
私がそんな思いに|耽《ふけ》っていると、キャスリーンさんが小さな声を出した。
目のあたりとむにゅむにゅと擦っていて、やたらと可愛く目に映る。
「キャスリーンさん、目が覚めた? ……大丈夫かな?」
「……ふぇ?」
私の声に、寝ぼけたように反応するキャスリーンさん。
そしてそのまま――
「きゃ、きゃああああっ!?」
……また、声を上げて驚いてしまった。
あああ、先にいつもの服に着替えてくれば良かったか……と思っても、もはや遅いわけで。
さてどうしたものかと考える時間も無いので、とりあえずこういうときは、お約束通りに思いっきり抱きしめてしまえ。
……ほら、よくあるでしょう?
テレビとか映画とかでよく観るんだから、抱きしめるだけでも少しは効果があるはず……!
「落ち着いて、キャスリーンさん!
何も怖いものなんて無いから、大丈夫。大丈夫だから、ね?」
「ひっ……、あぅっ?
……は、はいっ……。……す、すいません……っ」
私の腕の中で、キャスリーンさんは小刻みに震えていた。
「ううん、こっちこそごめんね。
何だか怖がっていたのは、私のせい……だよね?」
「……っ。……いえ、あの……アイナ様が……、と言いますか……っ」
「無理しないで良いから。まずは落ち着いて、深呼吸ーっ」
「は、はい……。すー……、はー……、すー……、はー……。
……はぁ、はぁ……。も、もう大丈夫です……、ありがとうございます……」
キャスリーンさんは息を整えながら、ようやく笑顔を見せてくれた。
「それなら良かった。もう少し落ち着いたら、気が向いたらお話してね」
「あ……、はい……。
あの、アイナ様 ……。ところで何で……メイド服を着ていらっしゃるんですか……?」
「そ、そうだね。
キャスリーンさん的にはそこからだったよね……!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「――というわけでした」
朝からの出来事をキャスリーンさんに伝えると、途中からは楽しそうに話を聞いてくれた。
「そうでしたか、エミリアさんの提案だったんですね。
最初に見たとき、もしかして錬金術師を辞めて、メイドになったのかと思ってしまいました……」
「大丈夫、錬金術師は辞めないから……!
そうそう、魚屋さんでは従業員に誘われたんだよ。結婚も申し込まれたけど」
「えっ? それは許しておけませんね……!」
何だか少し、殺気が|漲《みなぎ》るキャスリーンさん。あれ、ちょっと怖い?
「もちろん華麗にスルーしたから大丈夫だよ!?
ほらほら、似合わないからそんな顔しないの!」
「す、すいません……。
でも魚屋さんになるくらいなら、アイナ様はメイドをやっていた方が素敵だと思います……!」
「そ、そうかな? でも案外、メイド服っていうのも良いよね。今日初めて着たんだけど」
「はい、とてもお似合いです。
あ、いえ。メイドがお似合いというわけではなくて、メイド服がお似合いです」
「あはは。大丈夫、大丈夫。変な受け取り方はしないから」
「ありがとうございます。
……それで、あの、今日はすいませんでした……。この流れで……このまま言わせてください……」
「え? あ、さっきのこと?」
「はい……。よろしいですか?」
「うん、大丈夫。ゆっくりで良いから、落ち着いて話してね」
「はい……。
あの、アイナ様のメイド姿がとっても……可愛らしくて……」
「……え?」
「はい……。すいません、正直に言ってしまうと……大変失礼ながら、いじめてしまいたいくらいに可愛らしくて……」
「あ、うん……。それはどうも……?」
……あれ? 何、この流れ。
何だか思っていたのと違う……?
「それで……そう思った瞬間ですね。
あの……私、前のお屋敷のことを思い浮かべてしまったんです……」
前のお屋敷……というのは、先日行った、グランベル公爵の別邸だ。
キャスリーンさんはあそこで、グランベル公爵から酷い目に遭っていたのだけど――
「うん、そうなんだね。辛かったら無理して言わなくても、大丈夫だから」
「いえ、大丈夫です……。それで、あの……アイナ様が以前治してくださった身体の傷……。
ハル――あ、はい。あの、その傷を付けた方のことを、思い出してしまいまして……」
ああ、なるほど。
その連想と一緒に恐怖も生まれてしまって、最終的には『恐慌』に陥ってしまったということか。
「大丈夫。その人には手出しをさせないから。
私が守ってあげるから、キャスリーンさんは安心してここで働いて?」
「は、はい……。ありがとうございます……。
アイナ様、あの、私、アイナ様のこと――」
「……ほぇ?」
「あ、いえ! 何でもないです、失礼しました……!」
……ごめん。何だか変なときに、変な声が出ちゃった。いや、本当にごめんなさい。
「えーっと……あ、そうそう!
お粥を作ってきたんだけど、食べられる?」
「え? アイナ様が作ってくださったんですか?
もちろん頂きます!」
いろいろあった直後にしては、力強く言うキャスリーンさん。
この調子なら、元気になるのも早いだろう。
楽観しながらアイテムボックスからお粥を出して、近くのテーブルに置く。
アイテムボックスのおかげで、まさに出来立てほやほやの状態だ。
……ある意味では、収納スキルが一番のチートスキルかもしれない。
「そういえば、アイナ様の収納スキルは高レベルなんですよね。
私もいつか、時間を止めるくらい高レベルまで上げたいです」
「あれ? キャスリーンさんって、収納スキルを使えるの?」
「はい。アイナ様に影響を受けて、この前覚えたんです。
レベルはまだ1ですが、これからも頑張りますので……!」
「おぉー。ミュリエルさんも覚えたがっていたから、気が向いたときにでも教えてあげてね」
「そうですね……。私もまだまだなので、もう少しレベルを上げてからにしたいです。
あ、このことはまだ誰にも話していないので、まだ秘密でお願いしますね!」
「そうなの? うん、それじゃ黙っておくね」
「ありがとうございます。
……えへへ、アイナ様との秘密……」
何だかいじらしいことを、小声で呟くキャスリーンさん。
……ダメだ、めちゃくちゃ可愛い。
こうなってくると、何となくグランベル公爵が可愛がっていたのも納得――
「う、うわぁっ!?」
「アイナ様!?」
突然背中に悪寒が走った。
……何の気の迷いか、自分自身にグランベル公爵を重ねた瞬間、よく分からない寒気がしてきた。
恐慌に陥ったキャスリーンさんも、きっとこんな感じだったのだろう。
しかも彼女の方が痛い目に遭ってきたのだから、それも尚更というわけだ。
「……ごめん、何だかさっきのキャスリーンさんの気持ちが分かったよ……」
「え? えーっと……」
少し戸惑うキャスリーンさんだが、話の流れで、彼女のことをまた『可愛い』なんて言い始めたら――
また変な空気になりそうだから、ここは止めておこう。
私はそういうの、求めていないからね!
「うぅん、何でもないから大丈夫!
それよりもお粥、冷めないうちに食べてみて! 自信作だよ!」
「は、はい……。それでは頂きます。
――わぁ、本当に美味しいです!」
表情をぱぁっと明るくするキャスリーンさん。
これは、いわゆるあれだ。『守りたい、この笑顔』というやつだ。
その後もしばらく、キャスリーンさんとゆっくり話をすることが出来た。
しかしまだまだ本調子には足りなかったので、仕事の復帰は夕方を目途にすることに。
今日はもう休む……ということでも良かったんだけど、他の皆に迷惑が掛かるので休みたくは無いとのことだ。
うーん。本当に、真面目な良い子だなぁ……。