一夜明け。 豪華客船《オルフェウス》号の廊下には、どこか重い空気が漂っていた。
クルー・榊良太が“不可解な死”を遂げた後――
船長は客には事実を最低限だけ伝え、
昨日と引き続き一部フロアをブロックごとに封鎖していた。
ブロックの境界には二名一組のクルーが立ち、
「安全確認のため、一時的に移動を制限しております」
と柔らかく説明している。
ハレルたちの宿泊区画は、
約36名の乗客をひとまとめにした“ブロックC”。
その中央通路に立つクルーの表情も固い。
(榊良太の焦げた刺し傷……
魔術による“焼け焦げ”だと、どう説明する?)
ハレルはため息をつきながら、
早朝の客室を一つひとつ回っていた。
目的は――また“容疑者18名”への聞き込み。
昨日は全員に拒否されたが、スマホを見せてもらえば容疑者から外せる。
異世界の話など出来ないのがもどかしいが、もう一度。
(転移者なら、スマホのアプリを使うはず。)
案の定、乗客たちはスマホの提示に猛反発だった。
「また!?なんで乗客が捜査みたいなことされなきゃならないのよ?」
「プライバシーだろう! 勝手に見るな!しつこいな!」
「スマホと殺人に何の関係があるってんだ!」
ハレルは何度も頭を下げたが――
誰一人としてスマホを見せようとせず
クルーに要望しても、「確認義務はありません」と断られた。
通路の端でハレルと木崎が肩を落とす。
「……やっぱり駄目だな」
「だが、情報がゼロってわけじゃない」
気になったのは――
葉山 レオ「君ら?さっき僕の部屋のドアノブをガチャガチャやってたの?」
当然、ハレルたちではない――もしや。
木崎は周囲の乗客をちらりと見た。
昨日よりも明らかに、乗客たちは怯えている。
子どもを連れた家族は部屋の前に椅子を出し、
夫婦は互いの腕を握りしめていた。
「この“閉じ込められた感じ”――
犯人がこの中にいるとしたら、きっとまた動く」
その言葉を聞いた直後だった。
◇ ◇ ◇
――金属のぶつかる音。
ハレルは反射的に走り出した。
木崎もすぐ後ろにつづく。
音がしたのは、ブロックCの最奥――
客室“C-427”。
扉の前には、困惑するクルーがいた。
「部屋の中から……物音が。応答がないんです」
「鍵は?」
「内側からロックされています」
ハレルは即座に胸が凍る。
(また……密室?)
クルーがカードキーを当てるが、
“内鍵”の警告音が鳴るばかり。
「押します!」
ハレルと木崎は扉に体重をかけた。
――ガンッ!
――ガンッ!
数回体当たりしたところで、
内側の障害物がずるりと動いた手応えがあった。
扉が少しだけ開く。
ハレルはそこに手を入れ、思い切り押し広げた。
◇ ◇ ◇
室内には、冷たい海風が流れ込んだ。
床に倒れている若い男性。
その顔には、
“叫ぼうとした途中”のような、
歪んだ驚愕の表情が固まっている。
目は大きく見開かれ、
虹彩がわずかに乾いて白く濁り始めていた。
胸の中央には
焼け焦げた円形の刺し口。
周囲の皮膚は黒く炭のように縮み、
焦げた臭いが部屋の空気に混ざっている。
まさに、榊良太と同じ痕だった。
木崎が唇を噛む。
「……赤城翔(あかぎ・しょう)。
昨日、名前を聞いた客のひとりだな」
周囲には倒れた椅子と、散らばった衣服。
ベッドの脇には、倒れた姿見の鏡があり、
扉の前には動かされたキャリーケース。
完全な密室。
ハレルは、赤城の瞳にまだ残る“恐怖の形”に
喉がひりつくような感覚を覚えた。
「ハレル……」
木崎の声がかすれる。
「これは、もう偶然じゃねぇ」
◇ ◇ ◇
そのころ――
■異世界:ゼルドア要塞城
訓練場・昼休憩
午前の訓練を終えた兵士たちが、
大鍋の周りに集まり、湯気の立つスープを受け取っていた。
しかし誰の顔にも笑顔はない。
「聞いたか……レオンの部屋、内側から鍵が……」
「胸を貫かれてたって……魔術か?」
「この島は転移封鎖されてるはずだろ……?」
噂はしずかに広がり、兵士たちを飲み込んでいく。
リオは少し離れた石段に座り、
スープをひと口すすると、
腕輪の内側がほんのりと光った。
(……境界が揺れてる)
その不安定な鼓動は、
ハレルを思い出させた。
(向こうで何かあった……?)
アデルが近づく。
「食べ終わったら午後訓練だ。気を抜くな」
リオは小さくうなずき、目を伏せた。
(嫌な予感がする。
……ハレル、無事でいてくれ)
◇ ◇ ◇
■オルフェウス号・Cブロック
ハレルは赤城翔の遺体を見下ろしながら、
胸をつかれるような感覚に襲われた。
(この手口……
リオの世界の殺し方と同じだ
まさか……本当に“二つの世界で同時進行”なのか?)
木崎が天井をにらみつける。
「ハレル……この密閉空間で、犯人はまだ“ここにいる”ぞ」
ハレルは拳を握りしめ、
次の瞬間、胸元のネックレスが淡く光った。
――チリッ……
境界の向こうから、
かすかな 声のような気配 が届く。
リオの声にも似ていた。
(リオ……?)
だが音はすぐにノイズに消えた。
第三の殺人。
密室。
焼け焦げた刃痕。
榊良太、赤城翔…..。そして異世界側の被害者。
(何か、何か共通点があるはずだが分からない。
だが、何かが引っかかる…..。何だ?)
静かだった海上都市が――
ゆっくりと死の気配に染まり始めていた。
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