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19時30分、いつもの時間にいつもの電車がホームに迎えに来る。赤いベルベットの椅子に座る。
外は暗くて、窓は鏡のように反射している。
ガタガタと音はしているのだろうけど、イヤホン越しには届かない。
お気に入りの音楽を流しているけど、少し飽きてる。
何を感じたわけでもなく、ただ、前方の窓を見た。
私が座っている。
肩まで伸びた髪。そろそろ切ろうかな。
制服のスカーフが曲がってる。右に軽く二度引っ張る。うん、いい感じ。
少し離れて座っているサラリーマンは、居眠りしているのか、目を閉じたまま動かない。
私の後ろには、スーツ姿の女の人が立っている。疲れているのか、下を向いていた。
女の人が顔を上げた。
一瞬だけ目が合う。
気まずくて、すぐに目を逸らす。どうして、目が合っただけで気まずくなるのかな?
目的地に到着のアナウンスが聞こえる。
私は対面のドアの前で開くのを待った。
あぁ、今日もやっと帰り着いた。
その日は、寒くてマフラーを巻いていた。
雑貨屋さんで見つけて一目惚れした、白と青のチェックのマフラー。 すごくかわいくて、ふわふわでつけ心地もよくて、気に入ってる。
吐く息が白く染まっていく。
参考書を見るのに疲れて顔を上げると、またあの女の人がいた。
女の人は、前と同じスーツ姿だった。
女の人は、私を見ていた。
また、一瞬だけ目が合う。 でも、今度はちょっと長め。
毎回会う人って、知り合いでもないのに、知ってる気がするから不思議。
私は再び、参考書に目を落とした。
19時30分発の電車に乗った日は、必ずあの女の人がいた。
そして毎回、少しだけ目が合う。
何度も繰り返されるから、あの人も慣れてきたのか、目が合えば少し微笑んでくれるようになった。
昨日は、私も少し頭を下げた。
マフラーとコートが邪魔をして、あまり伝わらなかったと思うけど…。
今日は、梨花と一緒に帰ることになった。
楽しくてつい、おしゃべりに夢中になっていると、ふと視線を感じて、顔を上げた。
「あ…」
あの人だ。
「どうしたの?」
梨花が不思議そうな顔をする。
「あの人…」と、前の窓に映った女性に目を向ける。
「あの女の人、いつも電車で一緒なんだ」
「え?…あぁ、あの前に座ってる人?きれいな人だね」
「ううん。ちがうちがう。あの立ってる人だよ」
「え?……どこ?」
女の人がおかしそうに笑って、手を振った。
私も、思わず手を振り返した。
梨花の叫び声が聞こえた。
「沙莉!沙莉!…さ…り……さ……」
そして、何も聞こえなくなった。
その日は、ママが迎えに来られなかったから、沙莉と一緒に電車で帰ることにした。
外は寒かったけど、友達と長く一緒にいられて暖かかった。
沙莉と先生の話題で盛り上がってて、すごく楽しかった。
沙莉が、いつも同じ電車に乗る女の人がいる、と話してくれた。
あぁ、向かいの席に座って、スマホを見てる人かな。
いかにもキャリアウーマンって感じで、かっこいいなって思った。
でも、その人じゃないって、沙莉が言う。
「あの立ってる人だよ」
立ってる人なんて一人もいないのに。
沙莉が白いミトン型の手袋を着けた手を振った。
モコモコしてて、可愛い。 私も欲しいな。どこで買ったか、後で聞いてみようっと。
ポタポタと音がした。
見ると、沙莉のスカートに赤いシミが落ちていた。
「沙莉?」
顔を上げると、沙莉の口から血が溢れた。
白と青のチェック柄のマフラーが赤く染まっていく。
「沙莉!」
驚いて頭が真っ白になり、気がつくと立ち上がっていた。
沙莉は少し微笑んだ顔のまま、口から血を流し続け、ゆっくりと前のめりに倒れた。
足が震えて、力が入らなくなって、立っていられない。
足元から崩れ落ちていく。
前の女の人も、隣に座っていたサラリーマンも駆けつけて、皆で沙莉を取り囲んだ。
沙莉が痙攣し始めた。
「沙莉!沙莉!」
何度も呼ぶ。
手を伸ばそうとしたら、前に座っていた女の人が私の手を掴んで止めた。
「触っちゃだめ。揺らしたらだめ」と、遠くで聞こえた。
沙莉は、微笑んだまま、ピクピクと動く。
白い手袋がモコモコと動く。ウサギみたい…。
怖くなって、女の人にしがみついた。
サラリーマンが救急に電話をしている声が遠くに聞こえた。
女の人が私を抱きしめてくれた。
「大丈夫だからね」
という優しい声が遠くなっていく。
視界の端から闇が迫ってくる。
気絶しちゃう…と、どこか他人事のように思った。
その時、視界に電車の窓が映った。
青白い顔の女の人が、そこにいた。
女の人の顔の向こうで、トンネルの明かりが揺れた。
窓に手を当てて、電車の中を心配そうに覗き込んでいた。
あっ、沙莉の言っていた女の人…。
そのまま、私は意識を手放した。
気がつくと病院だった。
隣に座っていたママがハンカチで顔を覆ってくぐもった声で泣いていた。
「ママ?」
ママが涙で腫れた赤い目で私を見た。
ママが私を抱きしめてくれた。
「沙莉ちゃん…ダメだったって…」
ママの声は小さくて、震えていた。