入学してから一月が過ぎ、学園生活にもだんだんと慣れてきた頃。講堂に全生徒が集められ、生徒総会が行われた。
壇上には生徒会の役員が並んでいる。生徒会長、副会長、書記、会計の四名だ。
ルシンダが、その内の一人にこっそりと手を振ると、相手もそれに気付いたのか、わずかに口角が上がった。義兄のクリスだ。昨年から生徒会に所属しており、今年は推薦を受けて副会長になったらしい。
(二年生で生徒会の副会長だなんて、やっぱりお兄様ってすごいんだなぁ……)
義兄の優秀さを誇らしく思っていたルシンダだったが、ふと生徒会長もクリスと同じく二年生であることに気がついた。男子生徒は学年ごとにネクタイの色が違うのだが、生徒会長のネクタイもクリスと同じ「青」だったのだ。
まだ二年生で、しかもクリスを差し置いて会長だなんて、よほど頭脳明晰な生徒に違いない。
クリスとは賢い者同士、きっと話が合うのではないだろうか。いや、逆にお互いをライバル視しているのかもしれない。
そんなことをつらつらと考えていると、生徒会長が講演台の前に立って挨拶を始めた。
「生徒会長のユージーン・フィールズです。これからこの伝統ある王立魔術学園のために生徒会一同、一丸となって励んでまいりますので、よろしくお願いいたします。……それでは早速、前年度の生徒会予算収支決算報告と、今年度の予算案について──」
いかにも生徒会長に相応しい、堂々とした話しぶりだ。
見目の良さもクリスに引けを取らないほどで、この国では珍しい漆黒の髪が印象深い。また、紅玉のような赤色の瞳は見つめるだけで人々を魅了してしまうような妖しい魅力があった。
「……最後に、もし新入生で生徒会の仕事に興味がある人がいれば、いつでも見学に来てください」
小一時間ほど行われた生徒総会は、生徒会長が締めの挨拶をして、ようやくお開きとなった。
生徒会の仕事にまったく興味のないルシンダは、ぼーっと話を聞き流しながら夢うつつの状態になっていたが、隣に座っていたミアからぼそりと小声で話しかけられ、ハッと我に返った。
「今のユージーン会長がラスボスよ」
……生徒会長がラスボス。ということは彼、ユージーン・フィールズが、のちに復活した魔王に乗っ取られてヒロインたちの敵になるということだ。つまり、魔王戦を待ち望むルシンダとしては、魔王復活に影響を及ぼさないよう関わりを避けるべき人で、絶対に仲良くなってはならない。
(でもまあ、そもそも生徒会長と仲良くなる機会なんてないか)
よくよく考えてみれば、学年も違うのだから、生徒会にでも入らない限り、関わり合いになることはなさそうだ。
単純なルシンダは、ユージーンとの接触を心配するのを止め、暢気に教室へと戻って行った。
◇◇◇
教室に戻ると、ライルとアーロンが話しかけてきた。
「お前、もしかして生徒会に興味があるのか?」
「え、全然ないですけど、どうしてですか?」
思いがけない誤解をされ、ルシンダがきょとんと首を傾げる。
「そうか。お前が興味があるなら一緒に見学にでも行こうと思ったんだが」
「いえ、生徒会に入る気はありません。……私、そんなに興味があるように見えました?」
「お前、最後の挨拶の後、ものすごく真剣な表情で生徒会長を見つめていただろ? だから生徒会に興味があるのかと思ったんだが……」
どうやら、生徒会長がラスボスだと知って、つい凝視してしまったのを見られていたようだ。
「あ、それは、その、ちょっと会長とどこかで会ったことがあるような気がしたというか……。ところで、アーロン殿下とライル様は生徒会長のことをご存知ですか?」
ルシンダがしどろもどろになりながら適当に話を誤魔化すと、ライルがアーロンのほうを見ながら答えた。
「俺はほとんど話したことないけど、生徒会長のことはアーロンが一番知ってるんじゃないか?」
「どうしてですか?」
なぜかアーロンが一番詳しいと言うのを不思議に思って尋ねると、今度はライルではなくアーロンが答えた。
「ユージーン会長は王弟である公爵家のご子息で、私とは……従兄弟の間柄なんです」
「なるほど、そうだったんですか。優秀な方が従兄弟でアーロン殿下も鼻が高いですね!」
自分がクリスを誇らしく思うのと同様に、アーロンもきっとユージーンを誇りに思っているだろう。そんな風に考えて他意無く言ったのだが、アーロンの表情は暗かった。
「……はい、とても優秀な方ですよ。私なんかよりもずっと」
口許は弧を描いて、確かに微笑んでいるのだが、目の奥にはなぜか別の感情が宿っているように見える。それが何なのかは分からないけれど。
(アーロン殿下がこんな顔をするなんて珍しい……。寂しそうなような、あまり触れてほしくないような)
きっと人は誰しも心の中に、無遠慮に立ち入ってほしくない、脆くて繊細で傷付きやすい場所を隠し持っている。それは興味本位で無理やり暴いていいものではないのだ。
やがて次の授業の開始を告げるチャイムが鳴り、みんな自分の席へと戻っていく。
(いつか、アーロン殿下が打ち明けてくれたら力になって差し上げよう。フローラ先生を紹介してくれた恩返しがしたいから……)
どことなく影を背負ったようなアーロンの後ろ姿を、ルシンダは気遣わしげに見守るのだった。
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