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闘いは終わった。後は帰るのみ――なのだが、既に事情は異なる。
「…………」
まだ終わっていない。雫は刀を手に、次なる行き先を定める。勿論、エルドアーク地下宮殿へとだ。
「……行く気かよ?」
これまでの経緯から当然だろう、時雨はそう促す。
だが全員でという訳にもいくまい。悠莉はともかく、時雨と琉月は重傷。特に時雨は動く事もままならない。
「ああ……」
これでは帰る事もままならない現状。雫は頷いた後、二人へ向けて手を翳した。
“――っ!?”
瞬間、二人は光に包まれた。すぐにそれは去っていき、違和感を覚える。
“痛みが……消えた?”
重傷だった彼等の傷が、みるみる塞がっていくのだ。先程の光は、明らかに雫の所業。
“凄い……これが神を超えた者の力”
「おっ!? 動けるぜ。これならまだ闘えるな」
勇む時雨を他所に、琉月は改めて雫の真の力に驚愕した。
“復元再生能力を、他者へ分け与えて治癒を促す”
「細胞を促進させ、筋繊維同士を繋いだ。とはいえ、今無理をすれば、傷口は簡単に開く。彼処へは俺一人で行く。お前達は船で安静にしながら、ゆっくりと戻れ」
雫は彼等に最低限の治癒を施した後、これからの事を促した。
今闘えるの自分だけというのもあるが、この先の闘いの次元を考えると、はっきり言って自分以外は足手まといというのがあるのだろう。
「そうはいかねぇ――と言いたいとこだが、悔しいがはっきり言って今の俺じゃ力不足だわ……。ここはそうさせて貰う」
一人で行く雫の提案に、食って掛かると思われた時雨だが、意外にもあっさりと退いて受け入れた。
「何よりまた琉月ちゃん、危険な目に遭わす訳にはいかねぇし……」
プライドの高い彼だが、何より本人自身が一番痛感していたのだ。
“今は及ばない。だが何時かは――”
「だからさっさと終わらせてこい。それにお前との決着が残っている事、忘れんなよ?」
時雨のそれは、ライバルへの鼓舞。つまりは死ぬなよという事。
「ああ、お前とは決着をつけないと、俺も夢見が悪い」
雫は挑発的な笑みを見せた後、隣の琉月へと目を向ける。
「琉月……亜美と悠莉の事、後は頼む」
雫が琉月へ頼んだ事、それは二人の保護を意味する。悠莉はもとより、何の力も持たない亜美の事は特にだ。
「分かってます。そして雫さんも、お気をつけて……」
琉月は快く承諾した。仮に頼まれなくても、そのつもりだった。真実を知った悠莉の心境を思うと、このままにしておけない。
「済まない。それから、二人の式には俺も是非とも出席させて貰う」
「えっ?」
「えっ――おまっ!」
唖然としている琉月と時雨を他所に、踵を返した雫は、消えたエンペラーの下へ座り込む亜美の下へ。
「幸人さん……」
「亜美……あの二人は心配しなくていい」
そうは言ったものの、雫は他に彼女へ掛けてやるべき言葉が見当たらない。
亜美はアミで在り、彼女の恋人であるエンペラーを消した張本人でもあるのだ。云わば自分で自分を消した――考えれば考える程、訳が分からなくなっていき、また実感も乏しい。
「……大丈夫ですよ幸人さん。そんな顔をしないで。確かに私はアミでもあるけど、私は私自身だから」
だが亜美は、はっきりと自覚していた。
アミは亜美で在り、ユキは幸人。だが重要なのは過去ではなく、大切なのは今を生きる自分自身。
「だから幸人さんも、自分の信じる道を進んでください。そして、無事に帰ってきてください……」
「分かった……」
亜美は気丈に振る舞って、そう幸人を送り出す。雫も受け止め、亜美の下からそっと離れる。
「亜美、貴女は幸せに。そして――済まない」
それは何に対して言ったのだろうか。
自分自身でもあるエンペラーを消した事に対してか。それとも、彼女への決別の意味を込めてなのか。
“さよなら……私の愛した、もう一人の貴方――”
亜美は分かっていた。分かっていたからこそ、黙って彼の背中を見送り続けた。
雫は最後に悠莉の下へ。
「悠莉……お前は何も心配しなくていい。アイツラと大人しく帰りを待て。出来るな?」
勿論、悠莉を――否、悠莉だけは連れていく訳にはいかない。真相を知った今、尚更だ。
「…………」
悠莉は神妙な面持ちで俯いている。無理も無い。
「……直ぐに帰ってくる」
雫はそれを肯定と受け取り、この場を去ろうとした。
「待って!」
――が、呼び止められる。
「ボクも……行く」
悠莉も雫と共に向かうというのだ。全ての始まり、彼女にとって禁断の地へ。
「……駄目だ。分かっているのか? お前はお前だ。それは何者であろうと、変わる事は無い。気にする事無く待ってろ」
雫が止めるのは当然。危険過ぎるのは承知として、何よりわざわざ傷口を広げに行く必要は無い。
ノクティスの企みは読めても、思考までは分からない。これから一体、何が起きるのか。ただ一つだけ確かなのは、闘いは避けられないだろう事。
「そんなの嫌だ! それにボクにも関係有るし、許せないとかじゃない。でも行かなきゃ駄目なんだよ……」
「悠莉!」
悠莉は頑として訊かなかった。自分が何者で在るか、分かったからこそ。
「オレもお嬢の意見に賛成だな……。お前も分かってんだろ? これはお前だけの問題じゃない。いや、お嬢にとって一番重要な事だ。オレ達は家族なんだから、皆で行く必要が有る」
「ジュウベエ、お前……」
常に悠莉の傍らに居たジュウベエも、彼女の意見に賛同する。
これはオレ達――“家族”の問題だからこそ。
雫は迷った。果たして連れていくべきなのか、否かを。だが、彼等の想いにも一理有る。
「分かった……行こう。だが、何が起きても手を出すな。俺が全て……終わらせる」
そして決心した。この闘い――そのもの全てを共に見届け、そして共に帰ろうと。
「うん!」
心なしか、悠莉に何時もの笑顔が戻った気がした。
全てが片付くまで、あと少し。全てを乗り越えた先にあるのは、きっと――
「まあ、こっちは何も心配すんな」
「雫さん。悠莉の事、宜しくお願いしますね」
――結局の所、時雨と琉月と亜美は船で戻り、雫と悠莉&ジュウベエは、分子配列相移転で直接向こうに赴く事になった。
「大丈夫だよ~。すぐに一緒に戻ってくるから」
再び、御互いまた集う。それだけは約束して。
「悠莉ちゃん。そして――幸人さん。気をつけて……」
最後に亜美が二人を見送る。
「ああ。必ず帰ってくる」
「亜美お姉ちゃんも、変な人に気をつけてね~。まあルヅキが居るから大丈夫だと思うけど~」
「こっ、こいつ! 俺は琉月ちゃん一筋だっつうの」
「大丈夫よ悠莉。そんな事しようものならどうなるか、彼が一番良く知っているでしょうから」
「あはは~」
談笑しながら各々の帰路へ。
「行くぞ」
そして雫と悠莉の二人は、その場より姿を消していった――。