テラーノベル
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私は、王城の客室に来ていた。
目の前には、イルドラ殿下がいる。私は、彼にメリーナ嬢から聞いたことを全て伝えたのだ。
その結果、イルドラ殿下は頭を抱えている。それは当然のことだ。自らの兄の愚かな行為によって、ここまで大きなことが起きたのだから。
「兄上がここまでの愚か者だとは知らなった。知らなかったことが情けない限りだ」
「……アヴェルド殿下も巧妙に隠していた、ということでしょう」
「まんまとやられていた訳だ。まったく、兄上は何を考えているのだか……」
イルドラ殿下は、少し怒っているような気がした。
それはアヴェルド殿下への怒りだろうか。それとも自分への怒りだろうか。
しかし何はともあれ、彼に無事に事実を伝えられたことは一安心だ。これで彼も、大手を振るって行動することができるようになるだろう。
「モルダン男爵とラウヴァット男爵の件については、俺も聞いている。丁度、調べていた所だったからな。その二組がいきなり亡くなって焦っていた所だが」
「首謀者は、アヴェルド殿下かオーバル子爵だと思いますが……」
「兄上の可能性は低いだろうな。暗殺なんて大それたことは、兄上にはまずできない」
「ええ、私もそう思っていました」
イルドラ殿下は、私と同じように考えているようだった。
アヴェルド殿下には無理、弟であるからもそのお墨付きをいただけるなら、今回の件の首謀者はオーバル子爵ということになるだろう。
「イルドラ殿下の方で、今回の事件とオーバル子爵との関与を調べることは可能でしょうか?」「ああ、そのことについては既に調べている。丁度、俺の密偵が二つの男爵家を調べていたからな。そのまま調査を行ってもらっている。優秀な二人だ。すぐに事件のことはわかるだろうさ」
「そうなのですか……」
私の言葉に対して、イルドラ殿下は自信を持って答えてくれた。
彼の密偵という人達が、どのような人達かはよく知らない。ただ第二王子の密偵なのだから、優秀であることは間違いなさそうだ。
相手がオーバル子爵なら、本当に問題はないかもしれない。こういったことに関しても、地位の高さと比例するものだ。
「ああ、そうだ。兄上とネメルナ嬢の婚約は今日にでも正式に発表されるようだ」
「今日、ですか?」
「ああ、父上としては国内で起こった貴族の不審な死に二人が関わっているなんて、思ってもいないことだろうからな。まあこれは、俺達からしてみれば好都合だ。これで兄上も芋づる式で叩けそうだ」
「エリトン侯爵家としても助かります」
私が、アヴェルド殿下とネメルナ嬢のために婚約を破棄したという事実は、既に国中に知れ渡っているはずだ。
先日のお茶会の時も、ラフェシア様の友人からそのことは指摘された。多分、お父様が既に喧伝しているのだろう。
ここでネメルナ嬢との婚約が正式に発表されたら、私の悪評も特に流れはしないはずだ。その後に何かが起こったとしても、それはエリトン侯爵家にとっては与り知らぬことである。
◇◇◇
「……どうしてあなたがこんな所にいるのですか?」
「あら……」
書庫にいる私の姿を見て、エルヴァン殿下は驚いたような顔をしていた。
私がここにいるなんて、思ってもいなかったのだろう。それは当然だ。私としても、こんな所にいることになるとは思ってはいなかったのだから。
「すみません、エルヴァン殿下。少し人目に付かない所にいなくてはならなくて」
「……ああ、そういえばイルドラ兄上もそのような話をしていましたね」
「話は聞いていますか?」
「ええ、先程。しかし兄上はどうしようもなく人が悪い。ここにあなたがいるなら、僕に伝えておいてくれたらいいというのに」
「まあ、うっかりとしていたのでしょう」
現在、アヴェルド殿下やネメルナ嬢は王城にいるらしい。
私はあまり、その二人と顔を合わせたくない所だ。別にここに来ている理由なんていくらでも作れる訳ではあるが、それによってあちらがイルドラ殿下の計画に気付く可能性が、ないとも言い切れない。
という訳で、私は人目がつかない書庫で待機している。イルドラ殿下が安全を確認した後、王都にある宿屋に宿を取る予定だ。
「しかし、アヴェルド殿下は書庫などに足を運んだりしないものなのですか? エルヴァン殿下もよくいらっしゃる訳ですし」
「アヴェルド兄上は、下の弟に会いに来るような人ではありませんよ。書庫にも来ません。本を読む人ではありませんからね。まあ今日はそもそも、忙しいですからね」
「なるほど、それなら安心ですか」
エルヴァン殿下の言葉に、私は安心していた。
それはイルドラ殿下にも言われていたことではあるが、やはりこの書庫の主であるエルヴァン殿下のお墨付きは何よりもありがたい。これでこの書庫で、ゆっくりとできそうだ。
「ただ、こんな埃っぽい所で申し訳ありませんね。隠れる場所なら、もっといい場所もあると思いますが……」
「それはエルヴァン殿下が来ることをわかっていたからではありませんか?」
「なるほど、僕はあなたを守る騎士の役目という訳ですか。それは少々、荷が重いですね」
私と話しながら、エルヴァン殿下は本を取り出していた。
それらの本を彼は、机の上に広げている。どうやら何かを調べているようだ。
「エルヴァン殿下、こちらは?」
「王国に残されている資料の数々です。これは、今から三年前の帳簿……まあ、アヴェルド兄上の不正の証拠を調べているんです」
「なるほど……何か手伝えることはありますか?」
「いいえお構いなく、これは僕の仕事ですから」
エルヴァン殿下も、忙しくしているようだった。
イルドラ殿下もそうではあるが、彼も立派な王子である。こんな人達の長兄が、どうしてアヴェルド殿下のような人なのだろうか。それだけは疑問である。
◇◇◇
アヴェルド殿下とネメルナ嬢の婚約が発表されてから、私は王都の宿で機をうかがっていた。
そんな私が呼び出されたのは、発表から一週間と三日が経ってからのことだった。イルドラ殿下から、王城に来て欲しいと言われたのである。
という訳でやって来た王城は、揺れていた。騒がしいということは、何か問題が起こっているということになる。それはここにやって来た時点で、ある程度の予想はついていた。
「リルティア嬢も、今回の件には無関係ではないということで、同席させるべきだと父上が判断した」
「そうですか……」
「まあ、連絡は三日前にした訳だが」
発表から一週間後、私は既に連絡を受けていた。
イルドラ殿下の仕事は早く、その時点でオーバル子爵を追い詰める準備が整ったようだ。
ただ、本人や私を呼び出す時間が必要だということで、結局三日経ってから王城に足を運ぶことになったのである。
「アヴェルド殿下は、どのような様子なのですか?」
「兄上はまだ事態を知らされてはいない。まあもちろん、関わりがあった二家の男爵と一家の令嬢が亡くなったことには、色々と思っているようだがな」
「ネメルナ嬢の方は?」
「そっちも事態は知らされていないが、気楽なものだな。まあ、彼女は本当に何も知らないということだろう」
アヴェルド殿下はもちろん、ネメルナ嬢も現在王城にいる。
その二人は、オーバル子爵が来た時に事実を伝えるつもりということだろう。
それは恐らく、逃亡を防止するためだ。場合によってはアヴェルド殿下などは、逃げる可能性は充分ある。
「えっと、国王様はどうされているのですか?」
「父上は衝撃を受けているが、判断はきちんとしている。まあ、国民に事態の全てを余すことなく説明するかはともかくとして、兄上やオーバル子爵を逃がしはしないさ」
「そうですか。それは安心できますね」
今回の件で割と心配だったのは、国王様のことだった。
王太子であるアヴェルド殿下の愚行に関しては、心を痛めていることだろう。
それで打ちのめされてしまっているということになったら、大変だ。国王様には、今回の件について厳正な対処をしてもらわなければならないのだから。
「大変なのはウォーランだな。事実を知らせたら、滅茶苦茶怒って、今にでも兄上を殴りに行きそうな勢いだった……」
「そうですか……まあ、真面目な方ですからね」
「知らせない訳にもいかないからな……さて」
イルドラ殿下が足を止めたことで、私はゆっくりと息を呑むことになった。
いよいよ、この件について決着がつきそうだ。これからオーバル子爵に対する事情聴取という名の裁判が、始まるのである。