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第八十話 残された理由
写真を見つけたあとも、
二人はしばらくその場を動けなかった。
事故の前日。
駅の近くを歩く二人。
そして、その後ろを追うように歩く三人目。
写真の裏に残された、
『二人が忘れる前に』
という言葉。
それだけでは、まだ何も確定していない。
けれど、今まで集めてきたものを並べると、
一つだけ妙に気になることがあった。
「……写真、多すぎない?」
彼女がぽつりと言った。
「え?」
「事故の前の日から、事故の日まで。私たちの周りには、ずっと何かが残されてる」
彼は黙って考えた。
駅の写真。
店の写真。
病院の写真。
箱。
チャーム。
そして、今見つかった写真。
どれも偶然にしては多すぎる。
「誰かが残してたんだと思う」
「うん」
「でも……何のために?」
彼女は写真を見つめた。
「忘れたあとに、見つけるためじゃないかな」
その言葉に、彼は顔を上げた。
「……忘れたあとに?」
「だって、今まで見つけてきたものって、全部そうじゃない?」
彼女は一つずつ思い返していく。
「チャームも、箱の記録も、写真も。どれも、その時のことを思い出すための手がかりになってる」
「……確かに」
「だったら、誰かは最初から分かってたのかもしれない」
「俺たちが忘れることを?」
彼女は小さく頷いた。
「うん」
彼は何も言えなかった。
事故で記憶を失った。
それはずっと、自分だけの出来事だと思っていた。
でも違うのかもしれない。
事故の前から、誰かがそれを想定していた。
その誰かが、今も二人を導いている。
「でもさ」
彼は写真を見ながら言った。
「もし、本当に全部知ってたなら……どうして直接教えてくれないんだろう」
「……」
彼女も答えられない。
その疑問だけは、今まで何度も繰り返してきた。
なぜ、メッセージだけなのか。
なぜ、名前を明かさないのか。
なぜ、二人に自分たちで
思い出させようとしているのか。
しばらくして、彼女が写真を裏返した。
「これ……」
日付の横に、薄い線が見える。
さっきまでは気づかなかった。
「何か書いてある」
彼がスマホのライトを当てる。
薄い文字が浮かび上がった。
『写真は、証拠じゃない』
その下に、もう一行。
『約束を思い出すためのもの』
「約束……」
彼はその言葉を口にした瞬間、胸の奥がざわついた。
約束。
何度も出てきた言葉。
駅の写真にも。
箱にも。
チャームにも。
そして、事故の日の記憶にも。
「俺たち、何か約束してたんだ」
「たぶん」
「でも、何の約束か分からない」
彼女は少し考えてから言った。
「……もしかしたら、思い出すこと自体が約束だったのかも」
「思い出すこと?」
「忘れてしまっても、いつか見つけるって」
その瞬間。
彼の頭の中に、また声が響いた。
――『見つけて』
誰かの声。
今までより近い。
――『絶対に』
彼は目を閉じた。
「……今、聞こえた」
「何て?」
「『見つけて』って」
彼女は黙って彼を見る。
「誰かが俺に言ってた」
「箱を?」
「分からない」
彼は首を横に振る。
「でも、何かを見つけてほしいって」
そのとき、スマホが震えた。
二人とも画面を見る。
知らない番号からだった。
『約束を思い出し始めたね』
彼はすぐに返信する。
『あなたは、何を知ってる?』
既読がつく。
数秒後。
『全部ではない』
意外な返事だった。
「……全部じゃない?」
彼女も画面を覗き込む。
続けて届いた。
『私が知っているのは、事故の前後だけ』
彼は息を止める。
『そして、君たちが忘れた理由』
「忘れた理由……」
その言葉に、彼の指が止まった。
事故で頭を打ったから。
今まで、そう考えていた。
けれど――
『事故だけが理由じゃない』
メッセージが届く。
彼女が小さく息を呑んだ。
「どういうこと……?」
彼は画面を見つめた。
次のメッセージは、なかなか届かなかった。
数十秒後。
ようやく表示された。
『思い出す前に、一つだけ確認して』
『事故の日、君は誰かを守ろうとしていた』
彼の表情が変わった。
「……守ろうとした?」
頭の奥で、雨の音が大きくなる。
道路。
建物。
走る自分。
そして――
目の前にいた誰か。
「……俺」
彼はゆっくり呟いた。
「俺、あの人を追いかけてたんじゃない」
彼女が振り向く。
「じゃあ?」
彼は写真の中の三人目を見る。
「……守ろうとしてたんだ」
その瞬間、記憶の中で誰かが振り返った。
顔はまだ見えない。
けれど、
その人が自分に向かって伸ばしていた手だけは――
はっきりと見えた。
そして、その手を掴もうとしていた自分の姿も。
事故が起きる直前。
自分は何かを追いかけていたのではない。
誰かを、助けようとしていた。
コメント
1件
めっちゃ引き込まれた…!!😭💕 「写真は証拠じゃない、約束を思い出すためのもの」って言葉、めちゃくちゃエモかった〜🥺 二人が忘れたことで何かが隠されてて、でもそれを誰かが知ってて導いてくれてる…ミステリー要素と温かい繋がりが混ざってて一気に読んじゃったよ! 最後の「守ろうとしていた」って気づきのシーン、胸がギュッてなった…事故の真相が少しずつ見えてきて、次の話が待ちきれない!📱💫