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事件が起きたのは、クラウスが酒屋に最後に行った日から一ヶ月が経った時だった。
午前中、クラウスがいつも通り公務をこなしていると、扉がノックされた。
クラウスが入室許可を出すと、侍女が顔を出す。
「殿下、陛下がお昼過ぎに『闇の森』へ来て欲しいと仰せです」
クラウスは目を見張った。
『闇の森』とは、その昔、当時最強と言われた魔法使いや騎士たちが倒そうと手を尽くしても敵わなかった魔物を封じこめた森である。
昼であっても真っ暗なことからそう呼ばれている。
魔物たちがどれくらい強いのかもわかっていないので、何百年経った今でも手がつけられずにいるのだ。
そんな『闇の森』になぜ……。
嘘かもしれない。
父がそんなところに来いと言うとは思えない。
しかし、もし嘘でなければ……。
「わかった。礼を言う」
とにかく行ってみるしかない。
念の為剣は持っていこう、とクラウスは腹を括った。
昼下がり。
クラウスは『闇の森』へ行ってみた。
幼い頃に一度来たことがあり、不気味だったからすぐに離れたが、今も相変わらず不気味だ。
しかし、やはりバルトロメウスはいない。
やはり嘘だったか。
クラウスがその場を離れようとした瞬間、クラウスは何らかの見えない力に引っ張られ、森の中に入らされた。
驚き、咄嗟に戻ろうとしたが、見えない力—魔法の前では無力だ。
クラウスは気づくと、森の中の深くまで入ってしまい、出口がわからなくなってしまった。
名の通り、日はまだ高いはずなのに夜のように暗い。
くそ、罠だったか。
すると、クラウスの背筋を冷たいものがひやりと撫でた。
暗かった空間がさらに暗くなっていく。
クラウスはすぐに剣を抜いた。
しかし真っ黒なので、魔物がどこにいるかわからない。
それにどれだけ封じられているのかもわからないのだ。
闇雲に剣を振っても体力が奪われるだけだろう。
どうすればいい……?
考えろ……!
このままでは命の保証がない。
今のクラウスには考えるしかなかった。
と、クラウスの身体を冷気が包みこんだ。
クラウスの身体は恐怖で強張る。
いよいよ死が迫ってきたとクラウスが諦めかけた時だった。
後ろから、こつ、こつ、と静かな足音が響いた。
クラウスは魔物かもしれないと身構えた。
しかし、足音を鳴らしているのは、人だった。
真っ黒なローブを身にまといフードを被っているので、森の闇と同化して見えにくいが、それは確かに人だった。
クラウスの胸の内に、一筋の希望の光が差し込んだ。
ローブを身にまとった人物は結構小柄で、身長よりも高い立派な杖を手に携え、クラウスの後ろからゆっくりと歩いてきた。
人物はクラウスよりも前に来ると、杖を地面に一突きした。
すると、瞬く間に杖から真っ白な光が放たれ、光はクラウスの周りを取り囲んでいた無数の魔物たちを包んだ。
魔物たちは断末魔を叫びながら光に飲み込まれていき、溶けるようにすうっと消えていった。
やがて森の中に封じられていた魔物は全て消え、森の中に陽の光が取り戻された。
あれほど真っ黒に染められていた木々にたっぷりと光が当たる。
クラウスはその様子に見惚れていたが、ローブを身にまとった人物が突然跪いた。
「遅れて申し訳ございません、王太子殿下」
クラウスは驚いた。
急に跪かれたこともそうだが、その声は……、その可憐な声は……。
人物は立ち上がり、顔を上げた。
クラウスと目が合う。
雪のような白皙、明るい褐色の髪、新緑色の大きな瞳、それを縁取る長く濃いまつ毛、整った鼻筋、小さな唇。
その人物は、ローブをまとった人物は、エーファだった。
いつも浮かべている笑みは美貌にはなく、真剣な面立ちだ。
どうして君が……。
エーファのことは、単純に実家の酒屋を手伝う町娘だと思っていた。
平民で魔法が使えるのは珍しいことではない。
しかし、魔法をかじったことのあるクラウスは知っている。
あれだけの広範囲に魔法を使うには、かなりの技量が必要だということを。
並大抵の魔法使いにはできない業だ。
君は一体何者なんだ。
クラウスは衝撃で言葉を発せられない。
「とりあえず今はこの事態を終わらせに行きましょう。転移魔法を使うので、私の手に掴まってください」
歩けますか?とエーファはクラウスに手を差し伸べた。
転移魔法も高難易度な魔法で、ヴィルアーゼ王国で使える魔法使いは数えられるほどしかいない。
一生をかけても習得できない人間がほとんどだ。
それをこの若さで……。
クラウスはますます衝撃を受けた。
すぐにはっとし、クラウスはエーファの手を取った。
「それでは、転移しますよ」
エーファがそう言った瞬間、視界がぐらりと揺らぎ、次の瞬間にはふたりは王宮の地下通路にいた。
「ここからは魔法が通じないので、歩いて行きましょう」
エーファはそう言って、前を歩き出す。
クラウスも慌てて彼女について行った。