ふたたび当てがはずれたわたしは、つい、恨みがましい目を向けてしまう。
「優紀……そんな顔して」
その視線に気づいた玲伊さんが、わたしの頬にそっと触れながら、囁いた。
「玲伊さん……ねえ、お願い……」
彼は、少し意地の悪い笑みを浮かべて、わたしを見つめる。
「どうして欲しいか、言ってごらん」
そんなこと、とても言えない。
わたしはただ、首を振る。
「でも言ってくれないと、してあげられないけど」
もお……
「だから、いつもみたいに……して欲しい」
「ん?」
ちょっと頑張ったのに、彼はまだ首をかしげて、わたしを見ている。
「も……玲伊さぁん」
耐えがたいほど焦らされて、わたしは名前を呼びながら、潤んだ目で彼をじっと見つめてしまう。
そんなわたしに彼は欲情にかすれた声でつぶやく。
「ああ、もう、優紀はどうしてそんなに可愛いんだよ。本当にたまらない」
そう言いながら、わたしの頭を撫でて、額に口づける。
そして……
ふいにわたしの中心に顔を埋めると、敏感な部分を舌先で嬲りはじめた。
同時に指先で胸の頂を責めながら。
「い……っ」
散々焦らされていたわたしは、すぐに高みに昇りつめてしまった。
はあはあと荒い息をこぼすわたしの唇を喰みながら、彼がゆっくり入ってきた。
「あ、あん、あっ、や」
「ああ、ゆ……うき、悦んでるのが伝わってくるよ」
「う……ん、気持ち……いい……から」
彼はこれまでになかったほどの激しさでわたしを貪り尽くした。
そして……何度目かの交合の果て……
まるでスイッチが切れたように、わたしはいつのまにか意識を手放していた。
***
翌日の午後、エステを受けた。
あれだけ激しく抱かれたのだから、キスマークを散らされていたらどうしようかと思っていたけれど。
でもさすがにそんなことはなく、玲伊さんお墨付きのエステティシャン、原さんの手技に身をゆだねて、心の底からリラックスすることができた。
「わたし、何人もの方の施術をしておりますけれど、加藤さん、本当に肌がお綺麗。シミもとても少ないですね」
「そう言っていただけると嬉しいです」
たぶん、学生時代、運動部とは無縁で、その後もほとんど日に当たらない生活をしているから、それが功を奏しているのかもしれない。
その夜は別棟のフレンチレストランで夕食を取った。料理もワインも格別で、美食を心ゆくまで堪能することができた。
食事のあと、玲伊さんが言った。
「部屋に戻る前に、少し庭を歩こうか」
「うん」
ホテルの庭の照明は、ところどころに置かれている|篝火《かがりび》だけでとても暗かった。
でもそのおかげで、文字通り、星が降ってきそうな夜空を眺めることができる。
「プラネタリウムみたい」
わたしは首が痛くなるほど、上を向いた。
満天の星なんて、生まれてはじめてだったから。
「優紀」
ずっと夜空を眺めているわたしを、彼が呼んだ。
こころなし、いつもより緊張を帯びた声音で。
どこにいるのかと辺りを見回すと、玲伊さんは少し離れた篝火のそばに立っていた。
星に気を取られていたわたしは、てっきりそばにいると思っていたので、驚いて駆け寄った。
「どうしたの? 玲伊さん」
火に照らされた横顔も、やっぱり少し緊張気味だ。
「何か話があるの?」
「ああ」
彼はわたしを見て、ひとつ息を吸った。
琥珀色の目が、ぱちぱちと勢いよく燃える篝火の炎を映している。
「俺は一生、優紀のそばにいたいと思ってる。結婚、してくれないか」
その言葉とともに差し出された赤い小箱。
彼が蓋を開けると、そこには、ダイヤのリングがやはり炎を受けてきらめいていた。
その瞬間、息が止まったかと思った。
同棲を始めるとき「結婚前提で」とは言われていたけれど、社交辞令のようなものかなと受け止めていた。
だからこんなにも早くプロポーズされるなんて、本当に思っていなかった。
そして、驚きが収まると、喜びの感情が怒涛のように襲ってきた。
「優紀、返事は?」
「……苦しい」
「えっ?」
意外すぎたのだろうか。玲伊さんが戸惑った声を出す。
わたしは慌てて言い添えた。
「嬉しすぎて、苦しい」
玲伊さんはぷっと吹き出した。
「なんだよ、それ」
そのとき、わたしの頭のなかには、これまでのさまざまな記憶が駆け巡っていた。
小1で出会った、大好きな玲伊にいちゃん。
会えなくなったときはどれほど悲しかったか。
今でもその感情はありありと思い出すことができる。
そして、兄から玲伊さんが大企業家の息子だと聞いたときには、彼が本当に遠い存在なのだと気づかされた。
それからは、ひたすら忘れようと努力し続けた。
でも、再会してしまった。
叶わないとわかっていながら、彼に惹かれる自分をどうすることもできずにいた。
その彼にプロポーズされたのだ。
すでに一緒に暮らしているとはいえ、結婚はまったくレベルの違う喜びを、わたしに与えた。
一言では片づけられない、さまざまな感情が渦巻いて、涙が零れおちてゆく。
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