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「また海に投げ出してもいいんだよ。船上には戻らずにね」
僕は、フェレンさんに襟元を掴まれていた。
「ちょ…」
僕の声は力無く、地に落ちるだけだった。
「この船の目的や素性を詮索することはだめだと、教えただろう」
僕は、言葉を返すことも出来ず、動揺ばかりしていた。だって、それはネクト達から聞いただけで、僕は知らなかった。
「私が言うことはもちろん、他人についても言及してはいけない」
「は…はい」
僕は、反射的に声を出していた。強制という歯車に乗せられただけだった。フェレンさんの手は、すんなりと離れていった。
「すまない、こんな真似をして」
フェレンさんは、いつもの様子に戻っていた。
「で、でも。どうして、そんなに…」
僕は油断していた。うっかり口を滑らせてしまうところだった。彼女の目付きがまた、こちらを目で制していたからだ。僕は、視線に耐えられなくなって目を伏せた。
「そこまで気になるのなら、私が持っている答えをひとつ教えてあげよう」
僕が再びフェレンさんを見た時、彼女の表情は憂いを帯びていた。まるで、僕に謝るような申し訳ないような様子で。
「君の目的は、とある彼女を追ってここへ来たことだよ」
フェレンさんはそれから、僕が船に乗るまでの経緯を語った。まるで、他人の物語を覗いている気分だった。
僕は、とある女性を追いかけ、この船に乗り込んだ。海に関する興味は一切無かった。当然、クルーになる気だってない。ただ、船内で働けるほどの海洋の知識は持っていた。かつて、船長を目指したこともあったがそれは遠い記憶の話だ。だから、僕は確かにその彼女が目的でここへ来たという。
「詳しいことは私も聞かなかったけど、これが事実だろう?」
僕は、問いかけられていた。僕しか知らないように、答えを引き出される。
「えっと…」
全く覚えが無かった。まるで、記憶喪失みたいな状況だ。でも、言われればそうだったような気もしている。だから、僕は何も言えなかった。
「この答えが今の君に役立つかい?」
フェレンさんは、子供を甘やかすような声で言う。
「この船の目的など、遥か遠い存在に思えるだろう」
僕は、重ねられる言葉が他人事のように聞こえる。聞こえているのに、頭の端からそれが抜け落ちていく。
「船の目的は己の目的と関係がないんだ。知る必要もない」
「なぜ、知る必要がないんですか」
「ここに入れば、己の目的は船に食われていく。食われたものは、無から有を生み出すしかない」
船に食べられる?僕が目的を忘れていたのも、船に囚われていたから?
フェレンさんは、執務室の窓を眺めた。月の光が部屋に差し込んでいた。
「だから、嘘をついているわけじゃない」
彼女は言った。誰に言うでもなく、窓の外の海に向かって呟いた。なぜ嘘の話が出てきたんだろう。
「目的を忘れてしまうんだ。素性も…」
「それは、違いますよね」
僕は、言い返した。
「素性を明かさないためですよね?フェレンさんだって、素性を詮索するなって言ったじゃないですか」
ネクトのお兄さんから、明かされた事実だ。けれど、フェレンさんは僕に頷かなかった。