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いきなんなんだ。と思った矢先、僕の心臓は大きく動いて音高く鳴った。僕は驚いた。今まで誰かに気づかれたことも、指摘されたことも無かった。何故なら、絶対に感ずかれぬように僕という生き方を諦めてきたからだ。僕の猫被りに気づかれた時には、きっと全てが台無しになるだろう。何故、気づかれた。確かに梓には何度か突っかかられて避けてきた。だが、梓には他の誰にもない唯一無二の特徴がある。それは人よりもコミュニケーション能力が高いことだ。梓はノリがいい陽キャと話すが僕とも話してくれるいい人なのは知っている。そんな梓が今、僕の人生の核を攻撃してきた。つまり、僕に敵意をむき出してきたということだ。今、手持ちにある全ての誤魔化し術を駆使してこの疑いの心を治療しなければならない。
僕は今出来る精一杯の笑顔で
「え?どうしてそう思うんですか?私は今からの練習、凄く楽しみでドキドキしています。」
と、伝えた。だが、梓はその険しい表情を変えずに
「質問に答えて貰えない?」
と、何処かイラついているかのような声色で訊かれた。僕は満面の笑みか分からないがこの場を丸く抑えるために
「笑っています。これがデフォルトですから!普段からにこにこしちゃいますし、不快だったら辞めますね。」
と、言った。
すると、梓はいきなり引っ張ってた袖を離して持っていたファイルを開いて台本を取り出した。
「これ、見て」
僕は台本の中身を見て動きが硬くなった。それは、僕が部活動の練習で初めて書いた台本だった。題名は”雨を待つ”だ。だが、内容はとても人間が書いたとは思えない程の欠点があった。それは、主人公の感情だ。僕にとっては十分にあると思っていたのだが、これがどうかしたのだろう。だが、今の僕は感情のインストールをデフォルトで行っている。学んでまた新しい感情をインストールして分かった感情をアンインストールしてアップデートするようにしている。容量が悪い所が僕のチャームポイントだ。
「あんたの作品はどれも筋が通ってて一見、演じ甲斐があるように感じるのよ。でも、あんたの書いた台本は台詞に色がないのよ。何故か冷たく感じるのよ。でも!あんたは当たり前のように私よりも良い台本を書ける癖に!誰にも批判されないからっていい気になって…油断して!!成瀬、あんたの笑顔が見たいの!ただそれだけなの!嘘なんてつかないで欲しいの!だって、あんたは私が欲しくてたまらないモノを持ってる!」
と、梓に捲し立てられた僕は階段の一段目に尻もちをついた。僕は勝手に才能を持っていると思われていることに腹が立った。僕の脳の血管がプツリと切れ、その勢いで階段から立ち上がった。
もう止められない。最高に吹っ切れた。
「梓なんかに何がわかるの?馬鹿なことしてても、皆が梓を見てて!僕の何を知って言ってるの?僕と梓とはまだ、三ヶ月の付き合いだよね。」
と、怒鳴ったが梓は背筋が凍った様に動かなくなっていた。予想はしていたが、この状況は恐怖を感じた。ただ、恐さもあった。僕の本性が晒される危険性があることを今更ながら理解した。梓は友達が多いだけではなく、人との関わりを持てるいい子だと思っている。それに比べて僕ときたら、自分のことを無理に肯定して可愛がっているだけだ。僕って酷いくらい自分に甘い。だが、それを自覚出来るほど心は大人では無い。
僕は廊下をランニングしながら体育館に向かった。舞台にいる加々美先輩が本能的に怖くなったため、避けていると急に後ろから名前を呼ばれた。だが、僕は返事出来ずに自分のロッカーに置いてあるファイルを取りに行った。顧問の先生が到着する前にファイルを提出する準備をしていた。僕はファイルを提出すれば帰ることが出来る(本当は会議があったのだが、雨で消えた)。
「加々美先輩!」
そう僕が先輩を呼ぶと僕の方に向かってきた。
「ん?あー、ファイルね。今日は散々だったね。」
と、話しかけられた。
「え?散々って、雨の影響のことですか?」
「ん?そうだけど?」
ふざけるな、雨は何も悪くない。雨の後には虹も架かるし雨粒の音で心が癒えるはずだ。現に僕がそうだ。
「……これ、提出お願いします。」
「…。あ、うん…!舞先生が来たら言っておくね。」
静かな空気の中僕は舞台から降りた。帰るためには、梓がいる廊下を渡らなければならない。震えていると急に後ろから袖を引っ張られた。反射的に後ろを振り向くと梓がいた。
梓は真剣な表情で
「成瀬、私…間違ってた。成瀬は、自発的に気づける人ってことに気づいたから。私、成瀬のこと信じてるからっ…」
と、泣きそうな表情で訴えてきた。感情的だが、やっと学習してくれたと心から嬉しく思った。
黙りながら僕は帰路を歩いていた。電車にも乗って、一瞬で家に着いたように感じた。一息つきたかったからホットボトルの中にある紅茶を飲んだ。非常に心が落ち着いた。だが、ぐちゃぐちゃした感情は収まることを知らず、どんどんと密度を増している。今から寝よう、そうすれば。このぐちゃぐちゃは無くなると思うから。
僕は目を閉じて心を無にした。目を閉じ深呼吸した。一気に力が抜けて意識を失った。
続く。.:*・゜