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この日は目覚めると朝一番に三上さんから着信が入っていた。
そう思って電話を取ると、三上さんは焦った口調で言った。
「もしもし花ちゃん?俺が迎えにいくまで絶対に外には出ちゃダメだよ」
「どうしてですか?」
「状況説明は後だ」
どういうこと?
不安に思いながらも準備をしていると、数十分後に三上さんは私の自宅にやって来た。
中に入ってもらい、私にゆっくりと説明をする。
「これが今日の朝から出回るから……」
そう言って見せられた雑誌にはこう書かかれていた。
【週刊文秋が捉えた!白羽蓮と西野花密会デート】
何、これ。嘘でしょ……。
その記事収められていたのは、昨日の別れ際にした私と蓮の行動。
遊園地に行った時の写真、撮られてたんだ……。
どうしよう。
さあっと血の気が引いていく。冷静に考えれば、暗いからとはいえ、プロのカメラならそんなの関係なく撮ることが出来たはずだ。
「昼ごろにはテレビニュースにもなると思う」
「幸いまだ自宅に来てる記者は数人だから、帽子を深く被ってすぐに車に乗り込んで。何か聞かれても受け答えはしちゃダメだよ」
「はい……」
私は帽子にマスクを付けると、家を出た。
すでに5人ほど記者の人が来ていて出て来た瞬間、質問攻めにあう。
「西野さん、白羽蓮くんとの恋愛を聞かせて欲しいのですが」
「あのスクープは事実ですか?」
三上さんに言われた通り、口をつぐんで車に乗り込むと、三上さんがすぐに車を走らせる。
「テレビで報道されれば、こんなもんじゃない。嫌だろうけどしばらくは自宅じゃなくてホテルに泊まってね」
「はい……」
今後のことを考えると、ぞっとした。
手が小さく震えだす。
私たちはどうなってしまうんだろう。
「蓮も同じような状況になってますか?」
昨日の夜、ありがとうと連絡した以来、返事は届いていない。
いつも朝にはおはようと連絡してくれる。
でもそれがないってことは今、彼も対応に追われているってことだ。
「そうだね、東堂と電話で話したけど、しばらく接触はさけて欲しい。ふたりとも今売り時だから色んな影響が出るのを避けたいんだ」
「分かり、ました……」
この記事が出るということは、お互いの仕事にも影響が出てくるということ。
昔、私のライバルと言われていた子がスキャンダルで完全に仕事を無くしたことがある。
彼女は今、もう芸能界を引退してしまっている。
……もし私が、彼の芽を潰してしまったら?
そう考えるだけで恐ろしかった。
「すみませんでした……あんなに気をつけろって言われていたのに」
私の謝罪にしばらく沈黙した後、三上さんは小さくつぶやいた。
「花ちゃん誕生日だったからね。蓮くんお祝いしてくれたんでしょ?」
「…………。」
幸せだったあの日。
たった1日でここまで世界が変わってしまうなんて思いもしなかった。
気が緩んでいたんだ……。
涙が目に溜まる。
だけど、泣いてはいけないと唇を噛みしめた。
車が雑誌の撮影現場につくと、私はすぐに現場入りをした。
撮影現場は少しザワついていた。
同じように雑誌の撮影に来た子たちが私を見てヒソヒソと話している。
もうテレビのニュースになっているようだった。
「ごめん、花ちゃん。ちょっとひとりにするけど大丈夫?」
「はい」
三上さんの携帯はさっきからずっと鳴りっぱなしだ。
私の自覚のなさがこんなに人に迷惑を掛けてしまった。
きっと蓮の方だってもっといろんな影響があるはずだ。
怖い。
今後のことを考えるのがーー。
午前中の撮影を終えると、三上さんは私の元にやって来た。
ようやく電話対応を終えたんだろう。
いいにくそうな顔で私を見つめる。
「花ちゃん、今日の午後の仕事なんだけど……」
「無くなりましたか?」
「うん····」
午後はバレンタインのお菓子メーカーのCM撮影だった。
見る人に私的な瞬間を想像させてしまうようでは商品の宣伝にならない。
「少し予定を調整しよう、いくつか変更があるから」
「はい……」
三上さんとイスに座ってスケジュール調整をする。
決まっていた仕事がいくつか無くなってしまった。
それはどれもイメージに合わなからという理由だ。
全部自分のせいだ。
仕事のことだけ考えてきたはずの私が、たった1人と関わることでいつの間にか変わっていた。
落ち込む資格なんかない……。
分かってはいるけれど、現実を突きつけられてすごく怖くなった。
この世界はたった1つの出来事でイメージが変わる。
イメージが変われば、今まで来ていた仕事にも影響が出る。
分かっていたはずなのに、浮かれていた。
私はその日、マスコミ対策としてホテルヘと泊まることになった。
「じゃあ何かあったらすぐに連絡してね」
「はい、すみません……」
ドアを閉める三上さん。
その顔には少し疲れが見える。
色んな人に迷惑をかけてばかりだ。
こんなこと、絶対にあってはいけなかったのに。
ふと、携帯を開いてみると、ネットニュースには私たちのことが書かれている。
そして新しい記事には蓮のことも書かれていた。
【白羽蓮、写真集発売延期】
蓮にも……。
私の存在が蓮の仕事の妨げになっている。
蓮が幸せになるには私といるベきじゃない。
心がぎゅっとしめつけられる。
昨日蓮からもらった指輪をじっとみれば、昨日よりくすんでみえた。
幸せな誕生日だった。
初めて人に好きだと伝えられて、自分も精一杯の気持ちを返したいと思った。
でも……こうなったからにはしっかりと責任を取らなくちゃいけない。
その日の夜。
蓮に電話をかけようたした時、向こうから着信があった。
言わなくちゃいけない。
しっかり深呼吸して、一間違えないように。
泣かないで言えるように。
私は、電話を取った。
「もしもし、花か。ごめんな、こんなことになっちまって……」
「ううん、ちょうど私もそのことで電話をしたかったの」
「ああ、どうするかとりあえず考え……」
彼がそう言おうとした時、私はさえぎるように言った。
「……別れよう」
「は……?」
蓮の乾いた声が響き渡る。
「何言ってんだよ、花」
蓮の声が震えているのが分かった。
「騒動は収まるまで待てばいいだろ?それまでは会えなくなるけど、いつかは……」
「リスク背負って、仕事に支障を出すのが正解とは思えない」
どんなことでも演じて見せる。
「蓮と付き合う前から、決めてたの。バレたら終わりって」
たとえ、それが大好きな人との別れでも。
上手くやらなくちゃいけない。
「自分の中のものに順位をつけるなら、私はー番に女優であることを取る」
「は、な……」
「その次は今の地位。積み上げて来たことをここで壊すわけにはいかないの」
相手が私を嫌いになるように、あえて嫌な言葉を選んで言った。
ああ、最低だなと自分で自分が憎くてたまらなくなった。
だけど私にはこれくらいしか出来ない。
相手を傷付けてでも別れを選ぶ。
それしか互いを守る方法が見つからない。
「順位なんて……俺との関係は簡単に切り捨てられるようなものだったのかよ」
簡単だったら良かったのかもしれない。
簡単だったら、こんなに苦しまなくて済んだから。
「大事じゃないものを切り捨てるなんて簡単だよ」
真っ黒な嘘が目の前をどんどん塗りつぶしていく。
大切な人を悲しませたくなんかなかった。
ごめんね。
本当は大好きなんだよ。
でも、それでも私たちには守らなきゃいけないものがあるから。
お別れするしかないの。
「最低だな……」
蓮は私の思った通り、その言葉を放った。
これでいい。
最低な女だったと、そう思ってくれれば私たちは何事も無かったように仕事に集中出来る。
私を蓮の中に残しながら仕事をして欲しくない。
今は影響があるかもしれないけど、今後蓮の仕事の邪魔をすることない。
だったらそれでいいんだ。
「じゃあね、今までありがとう」
ふたりとも夢がある。
それを私が潰しちゃダメなんだ。
じわり、じわりと涙がにじみ視界を歪ませる。
楽しかった思い出も、一緒に頑張った時間ももう終わり。
大好きだった。
私が初めて好きになった人。
“幸せになってね”
ピッと電話を切った瞬間、私の目から涙があふれ出した。
「……っ、う……蓮」
大好きが詰まった毎日が、あんなに蓮のことを考えた毎日がたったー言、一瞬で途絶えた。
心が張り裂けそうな思いだった。
「……っ、ふ……」
視界がぼやけて頼に冷たいものが落ちてくる。
ボロボロと涙を流し、声を出して泣いた。
それはもう、みっともないくらいに。
初めてだった。
この仕事やってなかったら良かったのにって思ったのは──。
翌日。
私は泣きはらした目を冷やして、タクシーに乗り込んだ。
三上さんの指示に従い、出来るだけ人目につかないところから撮影現場に向かう。
楽屋に入った時、私はすぐに三上さんに頭を下げた。
「三上さん、あの……ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした」
三上さんは私の表情を見て何かを察したようだった。
「蓮と別れて来ました」
私の言葉に三上さんはそっか、とつぶやく。
そして優しい口調で言った。
「花ちゃんは、それで納得してる?」
「もちろんです、納得……してます」
ぎゅうっと手を握りしめる。
好きだから、じゃあ仕事を捨てられるかっていったらそんなこと私たちにはできない。
だってお互いここまで来るのに、どれだけ努力を重ねてきたか。
どちらかを犠牲にする必要がある。
だったら、その好きをなくすしかないと思った。
「僕はキミのマネージャーだからね、立場上キミらの恋愛を応援することは出来ない」
「はい」
「でも僕は花ちゃんが花ちゃんらしく輝けるように、誰よりもキミの味方でいたいと思ってる」
「……っ」
「だから、花ちゃんが決めたことはなんだって応援する。それでも後悔はない?」
事務所からは恋愛は控えて欲しいと言われていた。
でも、三上さんは蓮と付き合うことをOKしてくれた。
私が、私でいられるようにって、そう言ってくれたんだ。
でもこれ以上迷惑はかけられない。
三上さんにも、蓮にも。
「……ないです」
私は震える声でそう伝えた。
もう振り返ったりはしない。
思い返すと、泣いてしまうから。
最初からなかったことにしたいんだ。
「そっか、分かったよ」
泣きそうになる気持ちを必死でこらえる。
そして私は三上さんに言った。
「あの、ご迷惑おかけした人に直接謝罪を、仕事が終わった後でもいきますから……」
「花ちゃん」
いっぱいいっぱいになっている私の言葉を三上さんは優しく遮った。
「辛かったね」
そして私の頭をポン、ポンと撫でる。
気づけば涙が出ていて、もう止めることなんてできなかった。
「……っ、う。三上さ……」
「本当は好きだったんだもんね」
「……っ」
「花ちゃんが蓮くんを思っていたことも、同じように蓮くんが花ちゃんを大切に思ってくれていたことも、俺は分かってるよ」
「ごめんなさい……っ」
今泣いていいのは私ではない。
ずっとそう言い聞かせて来た。
だけど張り詰めていた糸が切れるように、私はボロボロと泣いた。
あんなに涙を流したのに、あんなに悲しかったのに全然涙はひいていなかった。
「これ以上頑張らなくていいよ、後は全部僕の仕事だから。花ちゃんは少し休もう」
「ごめ、なさ……」
大好きなのに、なんで嫌いなんて言わなくちゃいけないんだろう。
大好きなのに、傷つけたくないのに、どうして傷つける言葉を言わなくちゃいけないんだろう。
人を好きになるってこんなに辛い。
大好きな人との別れは心がちぎれそうなくらい苦しかった。