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対価。
その言葉に、綾乃は眉をひそめる。
「……あたし、お金とか全然ないんだけど。無料じゃないわけ?」
サイト上には、有償だなんてどこにも書いていなかった。自分は普通の女子高校生にすぎない。アルバイトもしていないし、親から毎月貰える貧相なお小遣いが財産の全てだ。何十万円も出せ、なんて言われても正直対応しかねるのだが。
「無償というわけには参りません。私も目的があって運営しておりますので」
澪は困ったように笑って言う。
「そもそも、私があのようなサイトを運営している理由は二つ。一つ目は、人を観察すること。誰かに仕返ししたい、傷つけたい、そういう憎悪や殺意は人間の根源の一つ。それを観察するのは私の趣味の一つであり、魔力の源となるものでもあります」
「そう、悪趣味ね」
「ええ、悪趣味なんでしょうね。そしてもう一つの目的は、知り合いが探している人を見つけること。悪意の紐を辿れば必ず、その人物に辿り着けると信じているもので。……つまり、その目的を果たす為に、ある程度の情報提供や魔力の提供、対価の提供などが必要不可欠というわけです。というか、そもそも全ての魔法は対価があって成り立つものなのですよ。ほら、ゲームに出てくる魔女だって、魔力を消費しなければ魔法の奇跡を起こせないでしょう?」
リアルの魔法も同じなのです、と彼女は肩をすくめる。
「ただ、魔力で補えるものとそうでないものがある。補える範囲を超えた奇跡を起こすためには、それ以外に対価がいるというわけです。ようは、等価交換というわけですね」
まあ、言いたいことは大体わかった。
そしてどうやら要求されるのがお金ではないらしい、ということも。
「……それで?あたしはどんな対価を要求されるの?」
それによっては、話を断らざるをえなくなる。こっちとしても、手を汚さずに魔法で相手に仕返しできるなんてまたとないチャンス。だが、それこそ腕を切り落として渡せと言われても無理なのだ。そんな滅茶苦茶な条件を提示されたら、残念ながらこの話はなかったことにしてもらうしかないと思っていた。
自分はあくまで、あいつらを一方的にぐちゃぐちゃにしたいだけ。自分が痛みや苦しみを受けるのでは本末転倒なのだ。
「対価が必要になるかは、貴女次第です」
澪はくすくすと笑いながら言う。
「例えば。貴女を虐めていた少女の一人……浮島冬香さん。彼女に貴女は数々の責め苦を受けた。そうですね?」
「ええ、その通りよ」
浮島冬香。“あの女”の取り巻きの一人だ。まるで金魚の糞のようにくっついて回り、くだらない虐めをせせら笑って見ているような性悪女。バレーボール部で活躍しているとかなんとかで調子に乗っているというのもあるのだろう。長身に、ガキっぽいポニーテールが特徴のスポーツ娘だった。
「貴女は彼女に対して、どんな拷問も行うことができます。勿論、そのまま殺してしまうことも……貴女の仕業だとけしてわからない形で死体を発見させることも。なんなら死体を抹消してしまうことも可能。……貴女が払う対価は、引き算になるのです」
「引き算?」
「そう。浮島冬香が貴女に対して行った悪行に対して、貴女が彼女に対して生ぬるい責めを行うか……もしくはぴったり等価の責め苦を負わせれば、何も問題はありません。貴女は後払いの対価を、一切払う必要がなくなります。問題は、彼女の悪行を裁くより過剰な責め苦を行ってしまった場合。貴女はその分の対価を、自らの魂で払わなければいけない。……この匙加減は、なかなか難しいものです」
す、と彼女は綾乃の方に手を伸ばしてくる。
「さて、その上で貴女に問います。魔法の力を受け取りますか?対価の徴収は、全ての復讐が終わったあとで結構。匙加減を間違えない限りは、貴女はタダでカエシオニの力を使い続けることができる……なかなか魅力的だとは思いますが?」
なるほど、と綾乃は頷いた。そして、思わず口元が歪む。
自分は、あいつらに言葉に尽くせぬほどの辱めを受け続けてきた。生ぬるい仕返しではけして満たないほどの苦しみだと確信している。つまり、多少拷問したくらいでは、対価など一切払う必要がないということではないか。
何も問題はない。むしろ、僥倖と思うべきだ。しかも対価は後払いだから、途中で妙な水を差される心配もない。
「……それでいいわ。あたしに、魔法の力とやらを頂戴」
これで自分は、忌々しい日々から解放される。あのクズ女どもに、めいっぱい復讐して。
***
「冬香、冬香」
「ん?」
真後ろから、小声で声をかけられた。化学を教える先生は、黒板に長ったらしい板書をしていてこちらに気付いていない。浮島冬香は「なあに?」と振り返る。
真後ろに座っているのは、友人の一人である羽柴由衣だ。小学生みたいなツインテールが、扇風機の風でふわふわと揺れている。――小柄で童顔な彼女には、それも妙に似合っているのだが。
「あの女、トイレから戻ってこなかったね。よっぽど腹ヤバかったのかな?」
「あー」
あの女、と彼女が呼ぶ人間は一人しかいない。休み時間に、自分達が水を浴びせてやった野間綾乃だ。
どうやらすぐ腹を壊す体質であるらしく、ここのところ彼女が個室に籠って唸っていることは少なくない。本人に自覚があるのか定かではないが、あの女は声を出していきむのでどこの個室に入っているかすぐにわかるのだ。まあ、そうでなくてもこっそり尾行すれば一発なのだが。
「下痢ピーな時に体冷やすと、もっと腹が痛くなるって聞いたことあるし?そういうことなんじゃねーの」
それに、と冬香は続ける。
「あの女に、チャイム鳴ってから理科室に入ってくるだけの度胸なんかないでしょ。途中で教室に入って恥晒すくらいなら、授業そのものをブッチしちゃえと思うのもわかる気がする。けど、そんなことする余裕アイツにあるのかね。ただでさえ成績悪くて留年ギリギリなくせに」
「ああ、確かに……物理のテストなんて、最下位とったらしいもんねえ」
「そうそう。テスト結果帰ってきた時のランキング票、隠しもしないで机に出しとくから丸見えなんだっつーな」
うちの学校では、中間や期末のテストが返ってくると同時に、本人に“ランキング票”が渡されるのだ。つまり、出したテストの点数が、クラスで何位だったのかというもの。百点を取った人間には一律一位だと通知され、零点ならば最下位の三十五位という通知がなされると言う仕組みだ。
無論、それは本人にのみ渡される用紙なのだが。あの女のようなうっかりさんだと、机にその表を出しっぱなしのまま席を外すなんてこともあるわけで。そうなるとまあ、彼女がどれほどヤバイ成績なのかも窺い知れるというわけだ。
そうでなくても時々補習で呼ばれてる時点でお察しなのだが。
「でも、あいつ留年させた方が安全じゃない?」
由衣が真剣な顔で言う。
「そうすれば、わたしたちみんな、三年であいつと同じクラスにならなくて済む。心の平穏が保てる気がするなー。……このまま成績落として貰った方が好都合っていうか」
「お前もなかなか鬼だな。……でも、一理あるかもしんね。正直、今年同じクラスだっただけで最悪なのに、来年もその可能性があるとか笑えもしねえし。つか、同じ学年にいるだけで、顔を合わせる機会が増えるだろうしなあ」
いや、正確には冬香や由衣が、あの女と同じクラスになるだけならばいいのだ。一番最悪なのはあの女と――自分達の親友である“蓮見楓”が、同じクラスになってしまうこと。
これ以上、楓があの女と関わらなければいけないなんて、そんな地獄はありえない。先生にも一応直談判はしたが、それでもどこまで言う通りにクラス編成をしてもらえるかわかったものではないのだ。
あの気持ち悪くて薄汚れた女を、二度と楓に触らせてなるものか。そう考えるなら、綾乃が留年するように仕向けるというのはかなり良い手であるような気がする。
――……わかってるよ。アタシらだって本当は。……結構下衆な真似してるってことくらいは。でも。
いじめっ子と呼ばれようと、構うものか。
自分達にだって、守るべき正義はあるのだから。
「……これから毎回、あの女がトイレに籠るたび水ぶっかけてやるか」
冬香は笑みを作って言う。
「ただしこの話。絶対楓にバレないようにしろよ。楓、繊細だから絶対気にするし」
「わかってる。これは、わたしたちだけの秘密だもんね」
「そうそ。……他にも手がないか、ゆっくり考えよう。まだまだ時間はあるんだしさ。できれば二学期中にケリつけて、三学期にあいつが学校に来なくなるってのがベストなんだけども」
「うんうん」
その時、先生がこちらを振り返った。お喋りをしている自分達に気付いたのだろう、そこ!と声が飛んでくる。
「授業中だぞ。私語は慎むようになー」
「あ、はい!す、すみません……!」
慌てて前に向き直る冬香。その時、不意に視線に気づいたのだった。こちらをじっと見つめる、まるで責めるような眼。こんな人物は一人しか思い当たらない。
――あいつ……。
眼鏡にセミロングの髪、いかにも地味系少女――長谷部歌。あの野間綾乃の、数少ない友人。
自分達がどんな話をしていたのか、大体想像がついているのだろう。やや恨めしそうな眼をこちらに向けてくる。
――なんだよ。腹立つな。
冬香は歌を睨み返して思う。
――大体な。お前も悪いんだろうが。……野間がこんなことになった責任は、お前にもあるんじゃねえのかよ。
コメント
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2話、読み終えました〜! いじめっ子側にも「楓を守りたい」っていう正義があるんだなって思うと、単純に憎めないというか…複雑な気持ちになりました。でもやっぱり綾乃の苦しみも重くて、対価のシステムもゾクゾクするし、どっちにも感情移入しちゃいそうです。続きが気になります…!