さっきの歌うような
“アメニティって言うの”
から、一気に不機嫌そうな声へと変わった遥香の声は、遥香の向かいに座る池田ではなく私の背中にぶつかっている。
「見たことあるな、と思いながら考えていた。こんなに短い髪の女は知らないけど、なんか見たことあるなって」
気づかなくてよかったのに……
なんとか切りぬけたい……
不自然にならないように、振り向いたあとは真っ直ぐ池田の顔を見た。
「どういう知り合い?」
遥香がそう聞いてもすぐに答えない池田は私に答えさせたいのか?
私は一生懸命思い出すフリで、池田の顔の範囲で視線をクルクルと動かす。
「バイト」
「「バイト?」」
一生のうちで、遥香と私の声が重なることなど、この一度きりだろう。
「イタリアンレストラン。俺が大学生の時にバイトしていたことがある。その時、一人だけ高校生バイトがいた」
そう……高校生だからホールに出せないと言われたけれど、夜までいい時給で働かせてくれた店だった。
そこにいた大学生の池田亮一は、高校生の私に告白したことがあるのよ。
他に綺麗な大学生のお姉さんたちがたくさんいたのに、わざわざ何も知らなそうな高校生を引っかけようという下心が見え見えで、即、お断りしたけどね。
「ああ……レストランのアルバイト……思い出しました。気がつかず、大変失礼致しました」
知っていると、いま認めておく方がいいだろう。
ここで知らないと言ったって、あとで分かれば、知らないと言ったことを怪しまれる。
「真奈美って、いつでも働いているのね。いつから働いているの?お金のない人って惨めで可哀そうよね」
っ……誰のせいでお金がない生活だったと思うの?
興味なさそうな遥香のつぶやきは、私の心を抉る。
「惨めで可哀そうなのか?結婚してない?」
遥香と同じようにコーヒーカップを持った池田は、そう言って遥香と私の顔を交互に見た。
「アハハッ……笑わせないでよ、亮一。コーヒーが揺れて危ない」
大笑いしながら、ソーサーにカップを置いた遥香は
「こんな底辺の女が結婚なんて出来ないわよ。結婚相手がいるわけがないでしょ」
と手のひらを上にする形で人差し指を一本、私に向けた。
「バイト先では川辺真奈美だった」
池田も暇なのか?
そんなことまで覚えているなんて……
「真奈美、で思い出したのに、桑名、で違うのか?とちょっと考えていた」
「どういうこと?」
指をそのままに、遥香は私を見る。
「……両親の離婚で、今は母方の姓になっています」
「あらあら、離婚して貧乏とか、大学に行けないとか、本当にどうしようもないのね。貧乏神の元に生まれたらそうなるのかしら。先祖代々そうなの?最悪よね」
違う……っ……うちの両親は貧乏神なんかじゃない!
本当に腐った魂が喋っているとしか思えないセリフを吐く女だわ。
「うちも離婚はしたけど、前より金持ちになっているもの。日頃の行いって大切よね。覚えておきなさい、真奈美」
“日頃の行いって大切よね”
その言葉、最後に必ず、私がアンタに返してあげる。
コメント
5件
最後泣くのは遥香って事よね?母娘でどんだけ悪いことして来たのよ😠😠😠
ふぅ〜ε=( ̄。 ̄;)フゥ どうにか、どうにか切り抜けた、よね。 この池田って今はなにしてるんだろ?あれの財産狙いかしら?あるわけないのに。一応親子だから取り分はある?んだろうけど、ご主人様ちゃんとしてるよね?あれ親子には最低限しかいかないように… 逸れた逸れた💦 とにかく要注意人物だよ。元フッた男でしょ!そのバイト時代の真奈美ちゃんのこと、お家のこと、どこまで知ってるのか。川辺とも言ったよね。あれはフルネーム聞いても思い出しもしなかったけど、池田に言われ続けたら…いや真奈美としか言わないか… 篤久様も要注意人物だし、とにかく慎重にぬか喜びは禁物よ!真奈美ちゃん!!!
今に今に見てなさいよ😡