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『君が知らない初キス』
tg視点
pr 俺、お前のこと…
言いかけた先輩の言葉は、風の音にかき消されて消えた。
何も言わないまま、夕焼けの屋上は静けさに包まれる。
鉄のドアの向こう側で、誰かの笑い声が遠く聞こえた。
俺と先輩の間には、数歩分の距離。
でも、それが今は、とてつもなく遠く感じた。
tg ……先輩
俺の声が震えていた。
でも、どうしても、この空気を黙ってやり過ごしたくなかった。
tg 俺たちって、前にも……ここで話したこと、ありますよね?
先輩は、ふいにこちらを見た。
優しい目だった。でも、その奥に“思い出そうとする気配”はなかった。
pr あるんかな。なんか、そんな気がしてる
──それだけ。
俺が欲しい言葉は、きっと今の先輩の中にはない。
でも、心の中には、残ってる。
ずっと、ここにある。
──あれは、秋のはじめの放課後だった。
まだ付き合いはじめて、日が浅い頃。
生徒会室でふたり、プリントをまとめたあと、なぜか先輩が「屋上、行かへん?」って言ってきた。
tg …何かあるんですか?
pr いや、なんも、でもちぐとおると、上行きたくなるんや。不思議やな
そんなことを言いながら、風に吹かれて笑う先輩。
それだけで、好きだなって、また思ってしまった。
そして──
pr なあ、目、つむって?
tg えっ、え?
pr …今から、たぶん、好きって伝える方法でいちばんズルいやつ、するから
顔が熱くなった。
心臓がうるさくて、目を閉じるとき、手が震えてたのを今も覚えてる。
そして、ふわりと唇に触れた、やわらかくて、あったかいもの。
それが、俺の“初めてのキス”だった。
でも――
それをした本人は、今、目の前で、何も覚えていないまま笑ってる。
pr ちぐ?どうしたん?黙って
tg い、いえ…っ! なんでもないですっ!
声が裏返る。
思い出が、心を締めつけて、今にも涙がこぼれそうだった。
先輩が近づいてくる。
まるであの日みたいに、ふいに距離を詰めて。
pr …顔、赤いで?
のぞき込むように、俺の顔を見てくる先輩の顔が近すぎて、息が止まる。
pr なんか…キスでもしたんかって顔してるやん
tg っ!!
pr …あ、ごめん!なんか、変なこと言うてもた!
冗談混じりに言ったつもりなんだろう。
でも、その一言が、ずっと忘れられてた記憶を、
ごっそりえぐり返してくる。
俺は、
あなたの“知らない顔”を、知ってる。
俺の“全部を奪った”くせに、
何も覚えてない、あなたがずるい。
……でも、
そんなあなたが、
また、俺に恋しかけてるのが、ずっと嬉しい。
だから――
あともう少しだけ、このままでいたい。
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コメント
2件
今回もなんか、ぎゃ〜〜ってなりました(?) 終わりかたがうますぎて続きが気になりすぎます…