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気がつくと、既視感を覚える空間に立っていた。
雲の中にいるような、まるで現実味のない感覚。
「ここは……。そうだ! どうしてここに!? 俺はまた死んだのか!?」
「落ち着いてください」
聞き覚えのある声とともに、天から降りてきたように見えたのは一人の天使。
「ガブリエル! 俺は死んだのか!?」
あの時と同じ状況だ。ガブリエルの肩を揺さぶり、必死に訴えかける。
「痛い痛い! 大丈夫です! 九条さんはまだ死んでませんから。ほら、現在のあなたはミアと一緒に寝てます。少し落ち着いて……」
何もない空間に映し出されたのは、ミアと共に小さなベッドで寝息を立てている自分の姿。それを上から見下ろしている映像だ。
不思議な感覚ではあったが、少し落ち着きは取り戻せた。
「現状を少し説明しようと思って夢の中にお邪魔したんですけど、急ですいません」
「夢?」
「はい、今はあなたの頭の中にいると思っていただければ。なのでまだ起きないでくださいね」
そんなこと言われても、どうすれば目を覚ますのか……。
「私は今、ミアの中で眠っている状態なんです」
「どういうことだ?」
「あなたの魂を間違えてお連れしてしまったことに対して、罰を受けなければならなくてですね。その罰というのが、監視なんです」
「監視?」
「ああ、勘違いしないでくださいね。監視といってもあなたの行動を見ているわけではないです。別の世界の魂を転生させると、その世界に馴染むのに時間がかかるんですよ。別の世界の魂はその世界から見ると、異物なんです。世界は異物を強制的に排除しようとします。それをある程度中和するために、私があなたの近くにいなければなりません」
ガブリエルは右手の人差し指をピッと立てて得意げに説明する。
それがミアとダブって見えた。もちろん二人の顔は全く違うのにだ。
「しかし、天使は地上に長い間滞在することができないので、ミアの中で眠らせてもらっている――って感じです。わかりました?」
「じゃあ俺は、ミアから離れると世界に殺されるってことか?」
「極端に言えばそのとおりです。理解が早くて助かります」
「どうやって? 心臓麻痺――とか?」
「そういう直接的な感じではないですね。あくまで自然に……。例えば乗っていた船が沈むとか、魔物に襲われるとかですかね。単純に運が悪くなると思っていただければ……」
なるほど。なんとなくではあるが、腑に落ちた。
この世界に来ていきなり襲われたのも、その可能性が無きにしも非ずといったところか。
ただ腹の減った狼に追われただけなのかもしれないが、正直線引きが難しい……。
しかし、なぜミアなのか……。
「ミアは、ガブリエルに助けられたのは五年前と言っていた。なぜそんなに前からミアの中に?」
「あなたは一瞬だったと思いますけど、転生させるためにこっちの世界の時間で五年の歳月がかかってるんです。あなたの存在力が大きいっていうのもありますけど、時間をかけずに転生させると、それだけあなたを排除しようとする力も強くなります。それこそ天変地異が起きてもおかしくないくらいに……。なので世界を騙すためにも、時間をかけてゆっくり転生させる必要があったんです」
「なぜミアなんだ? 彼女じゃないとダメな理由があるのか?」
「ミアを選んだのは――……申し訳ないですけど丁度よかったからです。戦争に巻き込まれ死にかけていて意識がなかったのと、大人と違って子供は心に隙間ができやすいので入りやすかった――。あなたと一緒にいることを条件に傷を癒し、五年間待っていた……ということです。……正直言うと、この五年間はミアにとってあまりよい人生ではありませんでしたが、それでも私との約束を守ろうと必死に生きてきました。なので、できればミアには優しくしてあげてください……。まあ今の状態なら何も問題はなさそうですけど」
ガブリエルは空中に映し出されている俺とミアを見て、やわらかい笑顔を浮かべた。
「ガブリエルがミアとして動いているのか?」
「いえ、私の意識はほぼありません。ミアの行動はすべてミアの意志です。私が強制させているわけではないので、ご安心を」
大体のことは理解できた。それにしても世界の異物か……。
まさか世界が俺を殺しに来るとは……。
「そういえば、俺の存在力がどうとか言ってたけど、どういう意味なんだ?」
「あれ? 言いませんでしたっけ? こちらの世界では経験が強く反映されると。九条さんは僧侶の家系ですよね? 小さい頃からそれに触れていれば、膨大な魔力があって当然でしょう。簡単に言ってしまえば、子供の頃からずっとやっていたスポーツで、大人になったらプロになる――みたいなもんですよ。九条さんの場合は一回死んでしまったことによって、おかしなことになっていますが、世界を刺激しないよう普通に生活していればなにも問題は――」
話が終わるかどうかという所で、ガブリエルの顔が急に強張りを見せた。
「あ! もう時間が! ミアが起きちゃいます! ええっと、ミアが近くにいても世界の強制力を百パーセント中和することはできません。でもあなたの実力なら何とかなると思いますので――とにかく頑張って!」
「ええ、急に投げやりな……」
「あ、そうだ。この夢の中の話はミアは覚えてないので。じゃあそういうことで!」
「ちょっと待て! まだ話は……」
――というところで、目が覚めた。
夢のせいか、寝起きだというのにあまり疲れは取れていない。
まだ聞きたいこともあったのに……。
ふと隣に目をやると、そこにミアはいなかった。僅かに残る温もりは、俺より少し早く起きたといったところか。
テーブルの横にはミアが持ってきたカバンと、着ていたパジャマがきちんと畳んで置いてある。
「ミア?」
「あっ、お兄ちゃん、おはよう。ちょっと待ってて」
その声は洗面所から聞こえた。
そこから顔を覗かせるミアは既に着替えが済んでいて、ギルドへ出勤する準備をしていたようだ。
「ミア、その髪……」
何か昨日と違う雰囲気に気がついた。
長い前髪で隠れていた素顔がほんの少しだけ――髪の分け目からチラリと片目が覗いていたのだ。
「髪留め……支部長に借りたんだけど……」
「いいじゃないか。とてもよく似合ってるよ」
「えへへ……」
もじもじと照れくさそうに微笑むミアであったが、やはり少し恥ずかしいのか、あまり目を合わせてはくれなかった。
「じゃあ、先にギルド行ってるね。お兄ちゃんも準備できたら降りてきてね」
ミアを見送った後、ベッドから身を起こし大きな欠伸を溢す。
「よし、じゃぁ頑張りますか!」
自分の顔をピシャリと叩き、気合を入れる。
胸の奥にわずかな緊張と高揚を抱えながらも、俺は冒険者としての新たな一歩を踏み出した。