テラーノベル
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「……っ」
息をすることさえ忘れるほど、その旋律に飲み込まれていく。
これは…私だけのために作られた、私に捧げられた旋律だ。
優しく寄せては返す波の音。潮風に乗って届く、遠い故郷の海の唄。
そして何より……シエルの心臓の鼓動を思わせる
力強く、情熱的に脈打つベースライン。
彼のバイオリンは饒舌に語っていた。
あの夏の日の衝撃的な出会い、離れ離れだった10年の孤独な想い
そして、今こうして共にいられる奇跡のような幸福。
そのすべてを、一音一音に込めて。
特に印象的だったのは、曲のクライマックスで奏でられた「泡沫」のテーマだった。
まるで指輪の中の大粒の真珠が、彼の音に呼応して共鳴しているかのように
甘く、切なく、そして力強いメロディーがテラスを支配する。
これを聞いている限り、私は決して泡になどならない。
───この音に包まれていれば、私はいつまでも
この陸の上で、彼の隣で生きていられる。
そんな確信が、熱い塊となって胸に込み上げた。
演奏が終わったとき、私は自分でも気づかないうちに、声もなく大粒の涙を流していた。
シエルはゆっくりと弓を下ろし、私の方を向いて
世界で一番優しい眼差しで微笑みかけた。
「君が陸に上がってから……ずっと、君の隣でこれを弾きたかったんだ。あの日の恩返しと、これから一生を共にするための、僕からの約束として」
彼が歩み寄ってきて、私の濡れた頬を熱を帯びた親指でそっと拭った。
「どうだった? 僕の想い…気に入ってくれたかな?」
「……もう、何もかも……完璧すぎて、言葉が出ないわ……」
私は震える声で精一杯答えた。
「こんなに幸せでいいの……? 私はただの、海から迷い込んだだけの人魚だったのに。こんなに素晴らしい宝物を貰ってしまって……」
「いいんだよ。全部、君が自分で手に入れたものなんだ」
シエルは私の左手をそっと持ち上げ、薬指にはまった真珠の指輪に、熱い誓いのキスを落とした。
「これは呪いじゃない。僕たちの愛の証だ。君が海に戻れない代わりに、僕がこの陸の上で、僕の音で、君をずっと繋ぎ止めてみせるよ」
「毎日でも弾くよ。君のためだけの、君の心を癒すための音楽を」
私は溢れる嗚咽を抑えられず、ただ幸せに溺れながら頷いた。
きっと私は生涯、この瞬間を忘れることはないだろう。
人間になった、あの日。
私だけの王子様が、私のために弾いてくれた。
世界で一番美しく、残酷なほど甘い
たった一つのラブソングを。
#ロマンスファンタジー