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数日後、令嬢はふかふかのベッドの中にいた。

ふわふわの毛布のなかで丸まって、ぷるぷるしている。


ここがどこなのかわからない。


一体、あれから何があったのだろう。思い出そうとしてみると、心が軋んだ。

凍り付いた記憶が、思い出すことを拒み続ける。


何か、とても大切な記憶も凍り付いているようだった。


これまでの令嬢の寝床は冷たい石の床に申し訳程度の藁が撒かれたところだった。すり減って粉になりつつある藁をどうにかかき集めて、冷えないようにしていた。


それが一体どういうことか、今では立派なベッドの中にすっぽりおさまっている。


毛布から顔を出して見上げると屋根がついている、これは天蓋と呼ばれるものだったが、令嬢は呼び方がわからない。とにかく立派だということしかわからなかった。


自分がいていい場所じゃない。わたしには地下がお似合いだ。

そう思ってベッドから抜け出すと、自分が白くてやわらかい綺麗な服を着ていることに気づく。少しサイズが大きい、誰の服だろう。早く返さないと、その前に花嫁衣装はどこに行ったのだろう。


しばらく歩いて足下もふかふかなことに気づく。

絨毯が敷かれている。固くて冷たい場所しか歩いてはいけない気がして、居心地は悪かった。


あたりを見回すと、精緻な木彫りの調度品が置かれていた。テーブルの上にはお菓子まである。ほこりよけだろうか、見たこともない大きさの硝子がお菓子を覆っていた。


ぐうとお腹が鳴ったけれど、食べるわけにはいかない。きっと怒られてしまうだろう。


コンコン。

唐突にノックの音がする。


早くどこかに隠れないと。そう思ったのも束の間にドアが開く。


全体的にぼやけているけれど、服装からしてメイドのようだ。


「お、お嬢様が、お嬢様がお目覚めになりました!!」


まるで厚い氷の中にいるみたいに、大きな声がくぐもって聞える。

すると、次々とメイドがお湯や布を持ってやってくる。部屋の外はバタバタと忙しそうだ。


何か質問をされて、答えていく。

目を片目ずつよく見られたり、よくわからないことが続いた。


しばらくして、息を切らして金髪のお兄さんがやってきた。なぜか彼だけはぼやけていない。透き通るように青い瞳が印象的で、まるで王子様みたいだと思った。


「×××……!」

「 無事か、よかった。本当によかった」


そう言って、令嬢を抱きしめるお兄さんは誰か知らない人の名前を言った。その人の名前は何かザリザリしていて、耳の中に砂が詰まったようで、うまく聞き取れない。


お兄さんが令嬢を見る。本当に嬉しそうだ。

でも。


「あの、お兄さんは。誰、ですか?」


令嬢の一言で、その場が凍り付く。

一番凍り付いていたのはお兄さんだ。


でも、令嬢は本当にその人のことを思い出せなかった。


いつか遠い昔に会ったことがあるような気がしたけれど、そんなことを言ったら笑われてしまう。


「アベル様、おそらく凍結魔法による一時的な記憶障害のようです。どうやら、ご自分が誰であるかも……」


「そうか……むしろ好都合かもしれない、いくつか確認する必要はあるが」


アベルは胸元のポケットから黄色い花の髪飾りを取り出して言った。


「これが何かわかるかい?」


「あ、弟切草の髪飾り! 昔お母さんがくれたの! お母さんはもう死んじゃったけど。髪飾りはあるわ!」


令嬢の満面の笑みにアベルが引きつる。

この数日間、令嬢は髪飾りに仕込まれていた毒薬を飲んで死にかけていた。


しかも、それを指示したのは彼女の父親だった。

自殺する前に令嬢がすべて話してくれたのだ。


母親の形見の髪飾りを利用して娘を殺そうとする? 信じがたいことだったが、実際に行われているし。結婚式の当日、あの父親は気絶するまで令嬢を殴って、門番に放ってよこしたと聞いている。


未だ傷の治らぬ顔のまま、嬉しそうに笑って髪飾りを抱きしめる少女は、以前よりずっと表情豊かになっている。むしろ痛々しかった。


「そうか、君の大切なものだったんだね。髪につけてあげよう」


そう言うと、令嬢はおずおずと髪を差し出す。

髪飾りを留めると、花のように笑った。


以前の令嬢からすればここは敵地の中心で、安心できるような場所ではなかった。


令嬢はアベルをひと目見てかつて助けてくれた魔法使いだと見抜いたが、長い年月の果てに敵になったと思い込んだ。


なぜなら絶望した人間は、奇跡を信じないからだ。

たとえ奇跡が起こっても、それは次の絶望に続く伏線のように思える。


令嬢にとっての最悪は、唯一の味方の裏切りで。

最悪であるからこそ、その物語を信じ込んでしまった。



だから自殺した。



令嬢に死を命じたのは父親だが、死の原因はアベルの裏切りだ。

実際には裏切ってはいなくても、アベルにとってはそうだった。


アベルがしゃがみ込み、令嬢に目線を合わせる。


「いいかい、よく聞いて」

「僕はフリージアの第三王子、アベル。実は君の婚約者なんだ」


令嬢の瞳に光が差す。

記憶の底で何かが輝いていた。


「ただ、君の名前が間違っていたみたいでね。本物じゃなかったようなんだ。だから、新しい名前を決めよう、どんなのがいいかな?」


アベルの両瞳に魔力が宿る。

令嬢が自分自身を嫌う気持ち。自己否定を利用して、存在を塗り替える魔術だ。


「アンナ!」


それは彼女の義姉の名だった。


「わたし、アンナになりたい!」

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