掴み合いの喧嘩を始めた2人を、天馬が声を上げて止めようとする。
「いい加減にしなよ、2人ともっ!」
それでも喧嘩は一向に収まらず、びくびくと身をすくめる私を、天馬が傍らへ引き寄せると、
「怖がらせてごめんね、理沙。今、三日月を呼んでくるから…ちょっと待っててね」
と、耳打ちをして、ソファーを立って行った。
バックヤードに居た三日月を連れ、天馬がフロアへ戻って来る。
今にもまた殴りかかろうとしている二人を目にすると、
「──やめなさい!」
叫んで、三日月が咄嗟に間へ割って入った。
「何をしているんですか!」
2人の体を両手で引き離して、三日月が一喝する。
「お客さまのいらっしゃるところで、喧嘩をするなどっ!」
怒りを露にする三日月に、
「……銀河の奴が、先に殴ってきたんだよ…」
気まずげに流星が口を開いた。
「どちらからとか、そんなことはどうでもいいんです! お客さまの前で喧嘩など、あなたたちは恥ずかしくないんですか!」
三日月から怒声を浴びせられて、
「ふんっ…」
と、流星が目を背けた。
銀河の方はソファーへ腰を落とすと、気が削がれたとばかりにふぅ…っとひと息を吐き出した。
「もう少し自分の立ち場を自覚してください。ここは、お客さまをお迎えするための場なのですから……」
低く静かな声音で諭すように言い、眼鏡越しに睨むような視線を向ける三日月に、
「チッ…わかってるよ…」
と、流星が忌々しそうに舌打ちをする。
「……。……俺、ちょっと頭冷やしてくるから」
一方の銀河は憮然としてずっと黙りこくっていたけれど、そう口にして急にまた立ち上がると、そのまま店の奥へと引っ込んでしまった……。
「しょうがないですね……」
三日月が軽くため息を吐いて、鼻先をずれた眼鏡を指で押し上げる。
「……流星、銀河に何か言いましたね?」
冷ややかに流星を見下ろす三日月の眼差しに、『怒らせたら恐いから』と以前に言われていたことが、にわかに思い出された。
「……別に、本当のことしか言ってねぇし…」
いつもは強気な流星が、静かな怒りを孕んだ三日月には、さすがに怖《お》じ気づいているようにも見える。
「本当のことであろうと、言っていいことと悪いことがあるくらい、わからないわけじゃないでしょう」
三日月に咎め立てられて、流星が「ああ…」とだけ、呻くように声に出した。
「少しは反省をなさい」
低い声でそう言い置くと、三日月は銀河の後を追ってフロアを後にした──。
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