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16年目のKiss

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16年目のKiss

29 - 8.16年目のKiss、あなたが私を選ぶ理由 -1

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2024年09月11日

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病院の休日用出入り口の自動ドアが開くと、ザーッと激しい雨音に包まれた。

五十メートル離れたタクシー待合スペースには二台が停まっていて、私たちが手を上げて呼ぶのを待っている。

「家に帰るの?」

湊が聞いた。

梨々花も、不安そうな表情で私を見ている。

「北海道に行くまで、お祖母ちゃんと一緒にいてくれないかしら」

返事に困る私に代わって、お義母さんが言った。

子供たちを北海道に連れて行くにしても、親権者変更や転校の手続きがあるから、その間の住まいは必要だ。

子供たちの荷物を運ぶにも、既に新しい奥さんが住んでいるあのマンションには入れない。

さて、どうしたものかと考える。

お義母さんの言葉に甘えるにしても、私までというのは図々しい。

子供たちをお義母さんに預けて、私は近くのホテルにでも泊まるのが妥当だろう。

「ひとまず、ゆっくりできる場所に移動したらいいんじゃないか?」

黙って後ろからついてきていた匡が言った。

子供たちは匡を気にしながらも、話しかけることはせず、ただチラチラと盗み見ている。

病室での会話で、彼が母親の恋人であると思っているだろう。

「千恵さん。この方の言うとおりだわ。今後のことを考えるためにも、いらっしゃい。ね? あなたもご一緒にどうぞ。色々とお話を聞きたいわ」

お義母さんの柔らかい口調と表情の中にある、逆らえない空気を感じ取った匡が、タクシーに向かって手を上げる。

一台が目の前に停まり、匡はもう一台を呼んだ。

「梨々花、湊。お祖母ちゃんと一緒に乗ろうね」

「俺、ママ――お母さんと一緒に乗る」

湊が私の手をギュッと握った。

お義母さんは梨々花を促し、後ろのタクシーに乗り込んだ。

私と湊が前のタクシーの後部座席に座ると、匡は運転手に頼んで助手席に乗った。

お義母さんの家の住所を伝えると、運転手はメーターのスイッチを押した。

「湊?」

「うん?」

病室でも思ったが、息子の髪がずいぶん伸びている。

別れる前に梨々花と一緒に美容室に行ってカットしたのだが、あれから伸ばしっ放しなのだろうか。

息子の耳の三分の一を覆う髪を指で梳く。

「髪、切ろうか」

「うん」

どこの美容室に通っているかなんてメモは残さなかった。湊は病院同様、ひと月に一度は髪を切っていることも。

メモを残さなかった私が悪いのだろうか。

違う。

だって、通院についてはメモを残したのに無視された。

無理だったのだ。

初めての妊娠、結婚に加えて小学生と中学生の子供の母親になるなんて、二十八歳でも三十八歳でも、簡単じゃない。

毎日のルーティン、毎週のルーティン、毎月のルーティン、食べ物の好み、交友関係、習い事、学校行事。

自分以外の人間のそれらを把握して行動するなんて、そうしようと努力しなければできないことだ。


聖菜さんは紀之に子供を押し付けられたのよね……。


可哀想だとは思わない。

不倫の代償だ。

「湊?」

「うん?」

「トウキビの前にアスパラが食べられるよ」

「アスパラの天ぷら食べたい」

「いいね」

緑の野菜を嫌いがちな湊だが、アスパラは別。

毎年、もう少ししたら実家から送られるアスパラを、湊は楽しみにしていた。

湊が発作を起こさなければ、梨々花が私に電話をしなければ、私が子供たちのためにアスパラの天ぷらを作ることは、二度となかったのかもしれない。

そう思うと、少し複雑で、胸が苦しくなった。

三十分ほどで義母宅に到着すると、吉川さんが出迎えてくれた。

匡を見た吉川さんが、「あら、イケメン」と胸の前で手を組んだのには、笑ってしまった。

記憶と変わらないリビングに足を踏み入れた時、三か月前にこの場所で義母に子供たちを頼むと頭を下げたことを思いだした。

義母は私に、不肖の息子で申し訳なかったと頭を下げてくれた。

その時と同じように、義母は私に頭を下げた。

「紀之のしたこと、ごめんなさい」

ブラウンに染めた豊かな髪がキッチリとまとめ上げられた後頭部が見えるほど深く頭を下げられ、釣られるように私も頭を下げた。

「こちらこそ、湊を助けてくださってありがとうございます」

「いいえ。頼ってくれて嬉しかったわ」

吉川さんがコーヒーとジュース、お手製のクッキーを用意してくれて、私たちはテーブルを囲んだ。

吉川さんが並んで置いたジュースの前に子供たちが座り、私と匡が並ぶ格好になった。

子供たちが私たちをじっと見る。

母親が、父親以外の男性と並ぶ姿なんて見たことがないから、当然だ。

私は二人に、匡のことを説明しようと口を開いた。

「梨々花、湊。この人は――」

「――千恵」

私の言葉を遮った匡が、背筋を伸ばす。

「梨々花ちゃん、湊くん。俺は、柳澤匡といいます。きみたちのお母さんとは中学からの友達なんだ」

穏やかな微笑みで挨拶をした匡が緊張してると気が付くのは、きっと私だけだろう。

口の端がピクピクと強張っている。

大きな会社の社長をしていた匡が、子供相手に緊張するなんて。そう思うと、少し可笑しい。

「急に……知らないおじさんが現れて、驚いたよな」

梨々花は観察するようにじっと匡を見て、湊は私を見た。

「お母さん。この人と結婚するの?」

「え?」

「再婚するって、お父さんがさっき言ってた」

病室での会話を理解できない年齢ではない。

誤魔化しは通用しない。

それでも、今のこの子たちを不安にはさせたくない。

「考え中」

「えっ!?」

声を上げたのは、匡。

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