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帰宅後…
「あら、朝陽おかえり。思ったより早かったわね?岬くんとのデート楽しめた?」
リビングの奥から、母さんの明るい声が響いた。
キッチンから顔を覗かせたその顔には、いつもの柔らかな笑顔が浮かんでいる。
玄関のドアを閉め、靴を揃えながら僕は
「ただいま、うん」
と、恋人との別れ際でまだ熱を帯びた頬を隠すように曖昧な返事をした。
心臓はまだ、さっきまでのデートの余韻で微かに高鳴っている。
母は元々BLというジャンルに特別な興味があったわけではない。
ただ、ある日のこと
リビングでグルメ系のドラマを見ていたら、たまたまそれがBLドラマだったのだ。
それは、2LDKのアパートで共に暮らすゲイカップルが、食を通じて互いの絆を深め
日々のささやかな出来事を丁寧に綴る一方で、ゲイであることによる社会との葛藤や
親との向き合い方といったデリケートな問題にも焦点を当てている作品だった。
そのドラマをきっかけに、母は同性愛というものに対して
より深く、そして自然な理解を示すようになった。
だから、僕がゲイであることを打ち明けたときも、母は驚くほどあっさりと
「朝陽が好きなら、それでいいじゃない」と言ってくれた。
そして、岬くんとのお付き合いを公表したときも
「なんだ、岬くんなら安心じゃない!あんたのこと、小学生のころから本物の弟みたいに可愛がってくれてたんだから」
と、まるで自分のことのように快く応援してくれたのだ。
簡単に受け入れてもらえるものじゃないと、僕は心のどこかでずっと怯えていた。
先立った父さんの分まで、女手一つで僕を大切に育ててくれた母さん。
僕はパニック障害という障害まで持っているのに、その上ゲイだなんて告白したら
親不孝者な息子だって思われるんじゃないか
母さんを泣かせてしまうんじゃないかと一人で抱え込み、何度も何度も言葉を飲み込んだ。
だから、母さんが僕の全てを
僕の選んだ道を、温かく受け入れてくれたあの瞬間は本当に、心の底からホッとしたのを覚えている。
まるで、ずっと背負っていた重い荷物を下ろしたような、そんな解放感だった。
母さんは同性愛者というものに特に偏見もなく
こうやって軽い日常会話のテンションで
なんなら娘に彼氏との関係を根掘り葉掘り聞く母親の如く、楽しそうに聞いてくれる。
その屈託のない態度が、僕にとってはとてもありがたく、悪い気は全くしなかった。
むしろ、安心して話せる場所があることに感謝していた。
「何?その反応、あ~まさか喧嘩でもしたの?」
母さんの探るような問いかけに、僕は慌てて首を振った。
「し、してないよ!今日も、楽しかったから…」
言葉にするたびに、今日の出来事が鮮やかに脳裏に蘇る。
期待と緊張が入り混じったドキドキ。
コーヒーカップの優しい回転の中で交わした甘酸っぱい会話。
そして、夕暮れの帰り道、自然と繋がれた恋人繋ぎの手の温かさ
そんな楽しい出来事ばかりの1日を、まるで宝石を噛み締めるように
ゆっくりと反芻しながら話すと自然と口元に柔らかな笑みが零れた。
母さんはそんな僕の表情を見て
「ふふっ、よかったじゃない」
心底嬉しそうに目を細めて笑った。
その笑顔は、僕の幸せを心から願ってくれているのが伝わってくるようで、胸が温かくなった。
「ほら、もうご飯出来上がるから、手洗って部屋で着替えてきなさい」
そう言いながら、母さんはふわりと温かい香りを残して
キッチンへ向かうべく踵を返して歩いて行った。
味噌汁の香りが、リビングに満ちていく。
◆◇◆◇
自室に戻り、デートで着ていた少しだけ特別な服を脱ぎ、部屋着に着替える。
鏡に映る自分の顔は、まだ少し火照っているように見えた。
リビングに戻ると、食卓には既に料理が並べられていた。
その光景を目にした瞬間、僕は自然と顔を綻ばせた。
そこには、僕の大好きな料理であるエビフライがこんがりと揚がって山盛りに盛り付けられ
隣には彩り豊かなシーザーサラダが添えられていた。
母が作るエビフライは、特製の衣がサクサクとしていて、一口噛めば香ばしい音がする。
昔から、僕にとってこのエビフライは、特別な日を彩る、忘れられないメニューの一つだった。
「うわ…どれも美味しそう…!」
食欲をそそる香りに誘われ、僕は既に席に着いて
僕のことを待っていた母さんの向かいの席に、まるで吸い寄せられるように急いで腰をかけた。
「ふふっ、そんな急がなくても誰も取らないわよ」
母さんは、僕の焦る様子を見て、くすりと笑った。
「い…いただきます!」
待ちきれずに、僕は早速一番大きなエビフライを手に取り、頬張った。
衣の軽やかな食感と、海老の弾けるような旨みが口の中に広がり
思わず「んん…おいしい」と、心の声が漏れた。
「それはよかったわ」
母さんは満足そうに微笑みながら言った。
その優しい眼差しに、僕は改めて母の愛情を感じた。
その後も、僕はシーザーサラダや副菜をゆっくりと食べ進めながら
今日あった出来事を母さんに話していった。
遊園地でのアトラクションの話はもちろん