俺の名前は、成瀬 悟。
趣味……って聞かれたら、まあ、SNSとか、ネット漁りって答える。
正直、人生のかなりの時間をスマホの画面に溶かしてる自覚はある。
だって、面白いもんが多すぎる。
YouTube、BeReal、インスタ、X(旧Twitter)──
知りたいこともくだらないことも、全部そこに転がってる。
重加工した自撮り
深夜テンションで暴走してる配信者
配信者にガチ恋する盲目信者
切り抜きでバズったやつに、陰謀論まがいのスレッドまで。
何かひとつにハマるというより、もう、情報という海に浸かるように過ごしてる。
言ってしまえば、俺はZ世代のテンプレみたいな存在なのかもしれない。
休日は大体、昼前にダラッと目を覚まして、布団の中でスマホを握る。
トイレにも行かず、歯も磨かず、毛布にくるまりながら親指だけ動かしてタイムラインを流す。
新しい情報、新しいコンテンツ──
それがないと、生きてる実感すら湧かない。
そんなある日、いつものようにスクロールしてると
ふとした指の滑りで、見慣れない動画をタップしてしまった。
『【ASMR】帰りが遅くなり敬語Sっ気彼氏に怒られる(関西弁ver)』
……なにこれ。
なんかすごいタイトルが直球だな。
いつもなら秒で飛ばす
でもその時に限って、広告もなく、すぐ音声が再生されて──
《……これ、何回目やと思ってんの?》
「……っ!」
その瞬間、呼吸が止まりかけた。
耳の奥を直接くすぐるような、低くて、ハスキーな声。
しかも、距離が近い。イヤホンなんてしてないのに、まるで真横から囁かれてるみたいだった。
しかも……関西弁。
柔らかいのに、どこかゾクッとする。
温度と緊張が入り混じった、異質な響き。
《連絡、何回もしたのに。既読すらつかへんかったん、俺、ほんま不安やってんで?》
《飲みに行くなとは言わへん。でも、飲みすぎへんって、俺と約束したやん──なぁ、守る気なかったん?》
あまりにリアルで、耳元で吐息がかかったような錯覚さえした。
言葉が、声が、優しくて、でも少し怒ってて……えっちすぎるだろ。
「……な、にこれ」
完全に油断してた。
不意打ちって、こういうことか。
じわっと熱が腹の奥から昇ってきて、変な汗が出る。
気づけばスマホを持つ手が固まってた。
でも、再生は止まらない。
──やばい。
──声が、やばい。
声質、トーン、言い回し、そして関西弁。
全部が俺の性癖にズドンと刺さった。
脳がしびれる感覚があって、背中がゾクゾクする。
「……エロすぎ、だろ……」
知らず知らずのうちに、口から漏れてた。
いや、マジでエロすぎなんだって。
耳から責められて、腰に響くってなんなんだよ。
……普通に勃つし。
なんか、聞いてるだけで、存在しないはずの子宮が疼いた。
そんな感覚、男の俺にあるはずないのに。
いや、でも男にも一応子宮ってあんだったっけ?なんて意味も分からないことを考え始めるくらいには動揺してる。
興奮で指先が震えるなか、動画のチャンネル名を確認した。
『イデア【年上×関西弁×低音】』
“イデア”
なんか絶妙に厨二くさいけど、それが逆に……いい。
俺はもう完全にその声に囚われてた。
他の動画タイトルを見るだけでも、脳が変な汁を出してる。
『【女性向けボイス】急にシたくなった関西弁年上彼氏に押し倒されちゃう音声』
『【女性向けボイス/BL】紐パン見せたら興奮した関西弁彼氏に扱かれてメスイキする音声』
『【BLボイス】「やらしすぎて声出ぇへんの?……ほな余計に意地悪したなるなぁ」』
女性向けっていうか完全に需要わかってる腐女子向けASMRじゃねぇか。
なんなら腐男子である俺にすら刺さりまくってる!!
てか、サムネも地味に凝っててイケボ系Vっぽいイラスト使ってるし。
サムネも凝ってて、イケボ系Vみたいなオシャレで耽美なイラスト使ってて、
やってることはド直球なのに、妙にセンスがある。
次の動画も、そのまた次の動画も、気づいたら再生してた。
関連動画が“イデア”で埋め尽くされて、YouTubeのおすすめも完全に乗っ取られてた。
《──そんなんされたら……もう我慢できへんやん?》
《どないして欲しいか、言うてみ?……ほら、ちゃんと目ぇ見ぃや》
《あぁ……そないな声出されるん、めっちゃ興奮するわ》
……やばい。
本気でやばい。
腰の奥が、ずっとざわざわしてる。
聞くだけで脳が蕩けるって、こんな感覚か。
これはもう、恋に落ちたんじゃないかってくらい
気持ちが掴まれてた。
画面の向こうの“声”に、俺は完全に支配されてた。
気づいたら、何時間も布団の中で、スマホを握ったまま動けなかった。
SNSよりも、バズ動画よりも、何よりも。
今、俺の世界で一番“熱”を持ってるのは──
その声だった。
◆◇◆◇
その翌日
大学の講義、友達との他愛もない会話
夜にスマホでイデアの配信や投稿を見ながら眠りにつくルーティン。
そんな少し変化が訪れた日々の中で、俺は特に何かを期待することもなく、ただ淡々と過ごしていた。