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久しぶりに見た樹は、以前よりやつれていた。
車いすの上の身体は、ほっそりとしている。顔色も悪く、元気がないようだった。こちらを見ると、驚いたような、怯えたような表情を見せた。そして、ギリギリ聞こえるか聞こえないかぐらいの声でつぶやいた。「みんな、なんで」
その瞳は、冷酷な光を放っていた。
中々会おうとしてくれなかった樹を外に連れ出そうと、5人は病院スタッフに掛け合って、中庭に連れてきてもらった。無理のある強行な手口だとは思ったが、しょうがない、と判断した。
慎太郎が言っていた。
『多分、連絡しても返せない自分に腹が立ってて、自己嫌悪に陥ってるんじゃないかな。みんなに迷惑かけてるって思って、合わせる顔がないんだと思う。で、会えないうちにどんどん自分だけ傷ついて、さらに外に出たくない気持ちを芽生えさせてるのかも』
その言葉に従い、強行突破に踏み切ったわけだ。
薬剤師がそっとその場を後にすると、慎太郎が静かに切り出した。
「ごめんよ、樹」
うつむいたまま、動かない。
「わざと連れてきてもらった。嫌だって言ってたのに、ほんとごめん。…でも、こうでもしないとさ、樹、話してくれないと思ったから…」
樹は、何も言葉を発さない。
大我「俺らも、会いたくて会いたくてたまらなかったんだよ。樹のこと、大好きだから」
ジェシー「そろそろ会いたいころだと思ったよ? 何でもお見通しなんだから」
ジェシーが微笑みかけても、樹は無表情のままだった。
高地「もちろん、話したくなかったら話さなくてもいい。一応プライベートだから…ね。でも、話して楽になることもきっとあるよ。俺らなら、全部受け止められるから」
ほんの少し、口を開いた。でも、そこからこぼれてきたのは、胸が締め付けられるような3文字だった。
「ごめん」
その瞬間、メンバーは時が止まったように感じた。周りの音が何も聞こえなくなった。約2週間の間に、彼に何があったのだろう。どうして、こんな言葉を先に口走ってしまったのだろう。衝撃が重すぎた。
北斗「樹……」
ジェシー「どうした、謝る必要なんてないんだよ」
慎太郎「なんでごめんなの…わけを教えて」
樹「……俺のせいで…、みんなにすごい迷惑掛けてる。ライブ終わりで疲れてるはずなのに、俺が倒れて、病院運ばれたことで心配掛けて。自分のこともコントロールできないなんて、仕事人としてダメだ。俺、もう無理」
吐き出すような勢いで話したあと、顔色をうかがうように視線を上げ、メンバーの顔を見た。
大我「大丈夫。意外と人間って、自分のことコントロールするなんて出来ないことだよ。俺だってそうだし、みんなもきっとそう。思い通りになんて出来ないから、ね」
高地「大我の言う通りだよ。樹だけの責任じゃないんだから、安心しな。辛いこと、苦しいこと、全部言ってよ」
そう高地が言ったのを皮切りに、ゆっくりと話し始めた。
「ありがとう。……前も言ったけど…脊髄損傷で、一生車いすだって言われた。今も助けがないと全然動けない。なんで自分が、こんなライブ後のタイミングで、って思った。仕事も出来ないし、今後の活動も難しいし。俺、テレビとか出て、音楽番組やりたい。ライブもやりたいんだもん。やりたいこと、まだまだいっぱいある」
そこで言葉を切った。息を吸ってから、続ける。
「…それで、滝沢くんに相談したんだけど。これからのこと。辞めるのも続けるのも、樹の自由だよ、って言ってもらった。ゆっくりでいいよって。だから、もうちょっと考えてみようとは思う」
ジェシー「うん」
樹「……みんなは、俺に続けてほしいと思ってる? それとも、辞めたらいいって思ってる?」
大我「そんなことない! 絶対ないよ」
北斗「でも、それの決定権は樹にあるんだから、俺らがあんまり言い過ぎて影響を与えることはダメだと思うから、あんまり干渉しないほうがいいのかな。でも、そりゃ続けてほしい」
慎太郎「もちろん。いつになってもいいから、ずっと待つつもりだよ」
ジェシー「一緒にやっていきたい。ずっと」
高地「俺も。樹がいないグループなんて考えられないよ」
樹「…そう、ありがとう」
とは言ったものの、ニコリともしない樹に、みんなは背筋が凍る思いだった。
樹「でも、できないかもしれないだろ…。ライブとかやるんなら、忙しく動き回らないといけないし、踊りもやらないといけない。車いすでそんな動けないって」
北斗「どうだろう、前例がないからわかんないけど、樹ならできるよ、きっと」
ジェシー「じゃあ、前例を樹が作っちゃえばいいじゃん! 誰も行ったことない道を、樹が踏みしめればいい。その道を、俺らも一緒に歩むから」
大我「おっ、たまにはいいこと言うじゃん。そうだね。初の車いすジャニーズだよ」
慎太郎「いーなー、俺もパイオニアになりてー」
高地「ふふ。出来ないことはないのかもね」
そしてようやく、冷たかった樹の目元に温かみが戻った。
が、その口から出た言葉は冷めきったものだった。
「だけどさ…」
樹は続ける。
「俺、人生っていうか…生きる価値がわかんなくなってきたんだよね。生きてる意味が。なんで、あのとき死ねなかったんだろうって。なんで歩けなくなったんだろうってずっと考えてる。踊れもしない人材、事務所にいらないし。仕事する前に、一人で日常生活送るのもままならないし。本当に、辞めてもいいんじゃないかって思ってた。いっそ、この世からいなくなって、楽になりたい…って思ってた」
その場に沈黙が訪れた。
「でも、みんなが元気づけてくれたから、ちょっと思いとどまった。よく考えてみる」
その言葉に5人も安心し、頬が緩む。
ただ、北斗は樹の、ほとんど変わらない表情を心配していた。
北斗「大丈夫か? またなんか思い詰めたら、ちゃんと話すんだぞ」
樹「…うん」
樹を病室まで送り届け、別れた。
ジェシー「まあちょっと気になるとこはあるけど…ちゃんと話してくれてよかった」
北斗「でも…全然笑ってなかったのが心配だった。いつもなら、俺らと話すときはホント楽しそうで、ニコニコしてたのに、今日はニコリともしてないし…目が冷たくて、正直怖かった。樹が樹じゃないみたいで」
大我「確かに。目が何も映してないっていうか。無表情だったね。なんか…全部諦めちゃった感じ。最後は、まあちょっと穏やかになったけど」
慎太郎「樹らしくなかったよね。これから、大丈夫かな…」
最後は、弱々しい声しか出なかった。
みんなが帰ったあと、樹は音楽プレーヤーとイヤホンを取り出した。もちろん、音楽を聴くためだった。スマホではなく、愛用しているSONYのプレーヤーで聴くのが、いつものことだ。
樹は、帰り際に、メンバーに訊かれた。
ジェシー「樹、最近自分たちの曲聴いた?」
ううん、と首を振ると、ある言葉を言われた。
大我「改めて聴いてみなよ。俺らにも会いたくなかったってことは、SixTONESから遠ざかってたってことだろ? そんなときこそ、俺らの音楽だよ。音楽が、一番の特効薬。好きな曲でもいいし、俺は『ST』をおすすめするかな。強い歌詞で、力強く背中を押してくれる。ほら、楽曲解説に『くすぶっている人たちに贈る、エモーショナルラウドロック』とかって書いてあるじゃん。今の樹にぴったり」
イヤホンを付けて、アルバムからSTを選んだ。静かなイントロから、大音量のロックチューンが始まる。
この曲を歌っていた頃を思い出した。ライブでも歌っていた。歌っていると気持ちよくて、ラップも楽しかった。なのに今は歌えない…。
つい、涙が流れそうになるのを必死にこらえる。今はそんなことは考えない。歌詞の内容だけに集中した。
『完璧だなんて間違ったって思うな 弱さのない世界は 強さとは無縁だ 泣き笑っても憂いても未来は 強い光のほうだ そこに向かって行くんだ』
――そう。まだ完璧なんかじゃない。僕らの未来は、強い光のほうにある。そこにただ向かうんだ――。
次は、「フィギュア」を再生した。これは、ジェシーにおすすめされた一曲だった。STとは違い、明るくポップな曲風で、優しく背中を押してくれる。
『裏切らないものを 僕らずっと探して生きている だらしない自分に 終点を見ている』
――裏切らないもの。それって何だろう。音楽? それとも、メンバーとの絆だろうか――。
自分の運命に、ただショックを受ける。こんな情けないことを考えていた自分が、馬鹿らしく思えてきた。
メンバーのほうが、よっぽど冷静だった。
やっぱり、SixTONESの音楽って最強だ。今まではずっと歌ってきて、聴いている人を元気づけよう、思いを届けようと頑張ってきた。でも、いざ自分が聴いてみると、きっと僕らの曲を聴いてくれた人はこんな気持ちになったのかな、と思った。ファンの思いがわかった気がした。
音楽アプリを閉じ、代わりにラインを開いた。グループラインに、一通のメッセージを送った。
「ありがとう
やっぱりSixTONESって最強だよね」
続く